第14章「枯れ谷の大蛇」_4
白鈴とシュリは枯れ谷の奥地へと進んだ。ハユキは続けて鬼を探すつもりのようだが、鬼とはとうてい戦えない西尾と行動する。彼女一人で平気なのか。彼に不安はないのか。白鈴にもそれはわからなかった。錯乱しているアオバの手でも借りるのか。
先程、枯れ谷の巫女によって払い除けた怪しげな霧。纏わりついていたものが恐れを感じて逃げたように見えた。しかしながら、そう単純なものではなかったようだ。それは二人の前に再び現れ、つきまとう。
そして向かうべき道がばったり途絶える。
「枯れ谷とはこういうものなのか」周囲を確認して白鈴は言った。
「どうなんだろ。歩きにくい場所ではあるよね」
「ハユキは軽々と打ち払っていたが」
白鈴は視線を移動させていると気配を感じて、刀に手をかける。
「こっちが当たりのようだ」
「当たり?」
二人の背後に大きな影が見える。明らかに人ではない。
白鈴は感覚で飛び込んだ。研ぎ澄ました感覚は、目では見えない攻撃を防ぐ。
敵影は音もなく消えた。それから別のところで――相手の姿かたちが次第に鮮明になっていく。
「こいつは」
白鈴は気を緩めない。観察する。一瞬であろうと、手応えをも情報にした。
一見では、人のような見た目である。しかし、人ではないと眺めた者は口にする。たとえば森にいる動物に近いが、それでも猿や猪、鹿とも違う。熊と言われれば、そう見えなくもないが。
普通の鬼ではない。鬼に普通などない。白鈴は、「どこにでもいるような」、そういった印象を受けなかった。
時間はあまり経過せず、戦闘が始まる。白鈴とシュリ。二人で戦う。
とりわけ難しいとは思わなかったのだが、彼女の想像よりも刃が通らない。分かりにくい反応。攻撃も、これまでの鬼と比べると。
シュリの魔法が効かないということはない。
油断見せず、最中、痛手を負わせたように思えた。すると、その鬼は自身のからだを崩し、徐々にその数を増やしていく。乾いた音を鳴らし。いくつもの白い紙が舞う。圧倒する勢いで二人を取り囲んだ。
「大きいね」シュリは目の前で起きているありさまに見上げながら言った。
「ハユキの言う、『紙切れ』ってこういうことか」
「これは、窮地かも? このままだとわたしたち」
「問題ないといえばそうだが」
うかうかと話している場合ではない。飲み込まれる。白鈴は捨て身で反撃に出ようとする。
シュリの安全を優先。
すると、景色が変わった。
白鈴は姿勢を崩す。舞いながら取り囲む紙切れが、眼前から消えた。
「なんだ?」
「あれ? 助かった?」
何が起きたのかわからなかった。危機的状況を逃れた。どこかで経験している。そこから彼女は見当をつける。
「アオバだな。いるのだろ」
「アオバ?」シュリは周囲に目をやる。
「どこだ」
人がいるような場所ではない。探そうと、蛇もいない。どこにも気配はなかった。けれども、アオバは決心したように静かに姿を見せる。
「助けてくれたのか?」
「十八女家の血は途絶えるわけにはいかない。白蛇様は『屋水姫』を復活させるため、望まない」
「ヨミ、という女を知っているな。ヨミはあの鬼に食われたのか」
ハユキよりも枯れ谷で暮らす彼女のほうが詳しいだろう。アレはどんな敵か。
アオバは何も言わない。
そうか、と白鈴は言う。「倒しても構わんな」
「もしかして……」シュリはその先を口にしない。
白鈴は熱が冷めないよう用意する。目星をつけて歩き出し、立ち止まると小さく息を吐く。
「私だけ、ここから出せるか。……アオバ。片が付いたあとでなら、この体を貸してもいい」
シュリは表情を変えて、慌てた。「白鈴、待って」
その調子で彼女は体の向きを変える。
「枯れ谷の白蛇は、何をしようとしているの。どうして『屋水姫』を探しているの? アオバのことお姉ちゃんから聞いてる。何か、関係があったりする?」
「白蛇様は、『屋水姫』と対話を望んでいる。大湊の亡びが近いとお考えだ」
「だから、生贄として、国中から人を集めてるの?」
「無いとは思うが誤解されないように言っておく。選ばれた者は、死ぬことはない。そのはずだった。これまで結果として死んでいるが、その者たちは枯れ谷に屋水姫を呼び出すための儀式を行う前に死んだ」
「可能性はゼロではなかったと思う」
アオバは間を置く。
「屋水の巫女リュウが大湊城に呼ばれたその日、賊によって、屋水は燃やされた。男が真っ先に殺され、集められた女子供は、一人ずつ名を問われ、次々と殺された。逃れた者も、最後に捕まり死んでいる。その日以来、今、屋水に、小鈴の冷泉に、屋水姫はいない」
彼女は姿を変える。
「大湊城では、リュウが突然倒れた。大湊は事態を知り、要求を変えた。だが、それでもリュウは、より一層と、それを頑なに断った。白蛇様が屋水姫を探し始めたのはそれからだ。あまりにも鬼の勢いが増している」




