第14章「枯れ谷の大蛇」_3
草木のない大地にその美しい巫女は立っていた。枯れ谷の巫女ハユキ。このところしばらく行方がわからなかった(心配までされていた)、というのに、彼女は案外すぐに見つかる。健康そうでもある。
この環境、ハユキとは落ち着いて会話をしたかった。いろいろと理解できないからだ。出会う前の白鈴はそうだった。彼女の望むような方向へとはならない。それは、相手がハユキだからであり、(実際その時にならないと)成り行きからそうなるとも限らない。
白鈴は話しかける前に感じとる。指先には自然と力が入り、火が隣家に移るように沸き立っていた。
「私は非常に喜びを感じています。このような機会がまさか訪れるなんて。あなたもそうではありませんか?」
「シュリ、下がっていろ」
彼女は刀を抜く。戦わないは、有り得ない。
「熱く、しのぎを削る」
「ああ、そうだな」
ゆがみを存分に活かした戦闘。
争いは熾烈を極めた。
それからそれから。もとの地形が、どんなものだったか。
もうわからなくなってきた頃になってようやく事態が進む。
「このくらいにしましょうか」ハユキは戦いをやめた。
「いいのか?」
「ええ。今は」
彼女は感動の余韻にでもひたっていた。
つかの間の休息。安全だと知り。シュリが西尾と共にやってくる。
「二人ともおかしい。どうして戦ってるのか全然わからなかった」
「この霧。これは」ハユキは少し間を置く。「あなたがやったのでは?」
「ちがう」
「そうでしたか」
微笑む彼女を見て、心配するのは誰もが無駄だとわかる。
「それで、なぜ。シュリはわかりますが、あなたがここに?」
ハユキは西尾に問う。禁じられているのであれば、当然の疑問だ。
「ハユキ様、これだけでいい。答えてくれ。俺は受け入れる。受け入れている。ヨミは本当に白蛇に食われたのか」
「なるほど」彼女はそれだけで理解まで至った。「ヨミは、白蛇に食べられてはいません。白蛇は食べてはいません」
「食べてない? ヨミは、生きているのか?」
「残念ですが生きてはいません」
「やっぱり、生きてはいないのか」彼から希望が失われる。「どうしてヨミは死んだ?」
ハユキは視線を外す。「あとになって、ヨミがあなたの妹だと知りました。あの子は。『私に、家族はいません』と言っていました」
「ヨミが、そんなことを? いや――。そうか」
知らない間に。教えてもらえなかった。その言葉に、彼はどんな出来事よりも落ち込んでいるように見えた。
「実はヨミは、枯れ谷の巫女として呼ばれたのですよ」
「ヨミが? 巫女?」
静寂の瞬間が訪れる。呼吸して、彼は心のなかの嵐を鎮めようとしていた。
「現在、枯れ谷には、怪しげな『鬼』がいます。私は、そのものを長く探している。その鬼がこれまでの選ばれた屋水姫を食らっています」
「鬼」と白鈴が呟くと、隣では「鬼が、枯れ谷に」とシュリが呟く。
「逃げ隠れが上手なようで。白蛇では警戒され、私も一度倒したのですが、裏をかかれました」
「二人目も、ってことだよね?」シュリは鬼の仕業であることを確認する。「ハユキが倒せないって」
「いいえ。あれは確かに倒しました。ですが」
彼女はそこで言葉が途切れる。
「ハユキが町に戻らなかったのは」
「はい。鬼を探していました」
白鈴は考えた。「その『鬼』とは、もしかして大きな蛇の姿をしていないか?」
「いいえ」
「違うか」
「もう、白蛇と会ったのですか?」
「会った。ここに来るまでにな。思ったより小さかった」
「それは、きっと、アオバではありませんか?」
「巫女の?」とシュリがゆっくり言う。
「ええ」
「あれがアオバ? 人ではなかったぞ」
「アオバは人ではありません。どう表現しましょうか。古い言い方で、『里巡り』とも呼ばれますが、巫女です」
あれは白蛇ではなかった。だとしたら、アオバの目的とはいったい?
「何かあったのですか?」
「襲われた」
「それは。大変でしたね。どういうわけか、アオバはこのところ人でいたいと望んでいる。人に戻り、人であることで、実感したい事でもあるようで。だからあなたなら、それがかなえられると思い、欲しているのかもしれません。あなたからしてみれば迷惑な話ですね」
「里巡り」とシュリが呟く。
「枯れ谷に潜む『鬼』は、『紙切れ』、形容しがたい姿をしています。その鬼を追い出したい。アオバなら鬼を見つけられるはずなのですが」
「白蛇と会うにはどうすればいい」
「会う気になりましたか」
「だからここにいる」
「そういえばそうでした」
ハユキと戦うために、ここまで来た、とでも考えていたのか。
「では、そろそろここから出ましょう」
彼女は薙刀を一振りする。霧が生き物のように動いたかと思うと、彼らが立っているのは開けた場所ではない。
「この先です。白蛇はこの奥にいます。進みなさい」
「ハユキは?」
「私は、鬼を」
いつでも出られたのではないか。そのくらい軽々と彼女はやってのけた。
「西尾、あなたは駄目です。それは許すことはできない」
問題ないようにも見えたが、彼は呼び止められる。
「あなたには、ヨミについてお話ししておきたいことがあります」
「俺も、聞きたいことがある」




