第14章「枯れ谷の大蛇」_2
「平気か?」
白鈴は西尾に問いかける。ひとまず状況は落ち着いた。くわえて崩落の危険はない。
「あれは、なんだ? あれがまさか白蛇様だっていうのか」
彼は襲い掛かる(食おうとした)怪物を目の当たりにして、懐疑心を抱いている。
「大蛇を見るのは初めてか」
「当たり前だ。言っただろ。ハシロにとって、枯れ谷は神聖な場所だ」
「シュリ、あれがそうなのか?」
「ごめん。わたしも、わからない」
「そうか」
「だけど、そう。白蛇はもっと、山を飲み込めるぐらい、大きな姿をしているって、お姉ちゃんから聞いたことある」
「私も。これまでのことを考えると、手応えはなかった」
「つまりあれは、白蛇は全力を出しているわけではなかったってこと?」
「戻るつもりはない。先を進めば、わかるだろう」
逃げた白蛇を追いかけるかたちとなる。戦いは避けられない。用事も終わっていない。
西尾は動揺の色がある。「あの蛇が、長くハシロが崇めていたもの。正体。生贄。人の為じゃない。人に戻りたい? たんに飢えを感じていたってわけか? これまでの屋水姫は、餌でしかなかった。ということか」
白鈴は聞くだけで、何も言わない。
「ハユキ様は、食べられてしまったんじゃないか? サザナミ様が、入ることを認めてくれたのも、俺たちを」
「それはないな」
「言い切るか。何か言われたか?」
「ハユキを倒すのは、難しいぞ」
西尾から反対の意見は述べられなかった。彼はひとしきり考えを巡らしており、整理でもできたのかすっと警戒する。
「お前も、人ではなかった。……いやそりゃそうか」
「私は人ではない」
距離を測る彼がここで別れて行動しようなどと口にしたら、そうとう面倒な状況になる。
「鬼だ。怖いか?」
彼は黙る。
「怖いだろ?」
「お前より怖いものはいくらでもある」
石を投げるほど態度を変えたりはしない。白鈴はここまで抱いていた疑問を取り除くことにする。
「西尾、なぜ私たちに協力した?」
「白蛇の儀式を執り行うためだ」
「お前は、枯れ谷に入りたがっていた。違うか?」
元々は、枯れ谷には白鈴だけが入る予定だった。シュリはまだわかるが、彼についてはサザナミに自ら話を持ち掛けたように見える。熱心なだけと考えるのは些か無理がある。
西尾はしばらく黙っていた。観念したようだ。
「俺には妹がいる。ちょうどお前ぐらいの可愛い妹がいた。白蛇様が屋水姫を探し始めて、生贄として、一番目に選ばれたのが俺の妹だ」
最初に選ばれた屋水姫。それが、彼の妹。嘘を言っているようには見えない。
「俺は出稼ぎで、大湊を離れていた。稼ぎの一部を俺は妹に与えていた。それが、知らない間に。ヨミは『生贄』になっていた。ヨミは、何も教えてはくれなかった」
白鈴はこの時も冷たい空気を感じている。彼女は場合によっては一度切り上げるべきではないかと考えた。
「聞いてもいい?」シュリは静かに問う。「どうしてヨミさんは教えてくれなかったの? なにかあって」
「わからない」
「枯れ谷で生きている。そう思っているのか?」
彼が、この地へと訪れた理由。
「そう、かもな。いや、『死んだ』と思ってる。だが、あいつが」
「なんだ?」
西尾は巾着袋を取り出す。なかにはお守りがいれてあった。「ヨミが大事にしていた鈴だ。これがヨミが死んだと知ってしばらくしたある日、俺のところに来た。ヨミはこの鈴を、形見を、誰かに渡すようなことはしない。それだけ大事にしていた。手放すはずがないんだ」
死んだ後に届いた持ち物。誰かが彼に届けたのは間違いない。
彼は死んだと思っている。妹が生きているとも願っている。
「あなたが『枯れ谷』で死ぬことはありません。あなたは、巫女と白蛇様によって守られる」
「どうした?」西尾は白鈴の似合わない口調に、眉の辺りにしわをよせる。
「サザナミの言葉だ。これまで生贄となった者に同じことを言っているらしい」
「それは、励ましか? 紙崎のときでも思ってたが、お前はなんだか慣れていないのか」
「知りたいのだろ。聞くしかない。あれは、人に恋しいだけであって、お前の妹を殺したわけではないかもしれない」
引き返しはしないで白鈴は先を進んだ。すると、「怪しげな霧」に視界を包まれる。
妙に開けた広場へと出た。そこには薙刀を持つ一人の影が立っている。




