第13章「なんのその忍び娘」_3
手際よく去った忍びと思われる女の情報を頼りに、古いお社があるという裏山へと入る。根掘り葉掘り尋ねたわけでもないので、真偽のほどは定かではない。
上井が言うには、これから向かおうとしている場所には、たしかに今ではもう使われていないお社がある、とのことだった。
あの女の言葉を信じてみてはどうだろう。裏があるとは思えない。
シュリと糸七、二人は新井戸屋敷でおとなしく過ごしている。いなびが見つかるまで、彼らは手厚いもてなしを受ける客人とまではいかなくとも、ある程度乱暴な扱いも受けないだろう。
ヒグルと目黒、二人については所在がわからない。白鈴たちは多少村のなかを探しはしたが、一向に見つかることはなかった。
イワノメという男は指示を下し、きっとシュリと糸七だけではなく二人にも手を出している。これも計画のうちか、状況から察するに、捕まっているわけではなさそうだった。
山を登っていると、白鈴は思いのほか早く幸畑と遭遇する。
いや、そうではない。彼は一人で、彼らの前に現れた。そんな感じだ。
「なんにもない山んなかで、こんなところに、いったいなんの用か、教えてもらえるかな、ちっさな鬼さんよ」
「幸畑。間関の里でなにをしている」
「数が少ないな。他の奴らはどうした」
彼は問いに答える気はない。そして白鈴も、そこは似ていた。
「なるほどな。鬼であることが原因で、喧嘩でもしたか。それとも我慢ができなくて、とうとう食っちまったか?」
無駄な会話だ。仮に居場所を尋ねたところで聞き出せそうにはない。
「どうだ。人は、うまかったか?」
白鈴は静かに刀を取り出した。時間が進むなか、周辺には明らかな気配がある。
「いいか、こいつは俺が相手する」幸畑はそう言って、短刀を取り出した。「男のほうは、お前らでなんとかしろ」
忍びとの戦い。数は幸畑を含めて多くはない。宣言通り、彼は白鈴との戦いに徹した。
それは、以前の「はゆま」での争いを意識しているようにも見えた。
「お前とは、どこかで決着をつけようと思ってたんだ」
当時、彼は存分に戦っていたわけではないのだろう。決して、相手は鬼であり、十二の子供だからと手加減をしていたのではなく。
ただただ、以前のときよりも彼は強かった。
「クソっ。なんだ」
彼らの戦闘は次第に激しく、ゆえにその熱にでも誘われたか。岩のような大きさの「鬼」が、突風のごとく勢いよく入り込んできた。
その見た目は「トンボ」といえよう。虫だ。長い尻尾、長く立派な羽。
白鈴は崖下の川へと落とされた。
――姉さん。
鬼の妨害が入り、沈み流され、そのあいだ白鈴は「姉の夢」を見る。川岸に流れ着き、しばらくして彼女が目覚めると、夢のなかで会ったはずの姉の顔は、輪郭も乏しくあまりにもぼやけていた。
白鈴は濡れた体で歩いた。周囲には、だれもいない。薄暗い。彼女は『お社』を目指す。
幸畑が、ここまで追いかけてくることはなかった。「鬼」も見失ったのだろう。
衣服を乾かそうともしない。亡霊のように歩き続ける。彼女の前に現れたのは上井だった。
「ずいぶんと探したぞ」
「私を探しに来たのか?」
白鈴としては、彼がわざわざそのようなことをするとは考えてもいなかった。
声をかける前――。
彼には彼女が『人』のようには見えなかった。
「幸畑は?」
「引き上げた。という表現がいいか。崖の下まで探す気はなかったようだ」
上井は鬼の横槍によって戦闘が中断され、(鬼と戦ってもよかったのだろうが)身の安全を優先し、その場から逃れてきた。
状況は変わらない。夜も近く、距離も離れてしまったとはいえ、二人で山奥にあるお社を目指すことにする。
白鈴は問う。「幸畑がこの間関にいる理由はなんだと思う」結局それは聞けなかった。
「幸畑と共にいた者たちは。あの者たちは、ヌエではなかった」
「そうなのか? ヌエではない?」
「間違いない。あの身のこなし、忍びの者ではあったが、あれはヌエではないだろう。どこか、別の忍びだ。『間関衆』、のようではあったが」
「間関衆」白鈴は呟く。「なぜ、間関衆とヌエである幸畑が、手を組んで襲ってくる?」
上井は間を置いた。
「いま大湊城城内では、『間関の里には不穏分子がいる』という噂がある。危険思想持つ集団をまとめ、指揮を取っている者がいると。聞くところ、尻尾は未だ掴めていないようで、誰だかはわかっていない」
「指揮を取っているのは、あのイワノメという男ではないのか?」
「イワノメではない。現状、べつだと、判断をしている。幸畑は、おそらく、『なんにもない山んなかで』、それを探っているのではないか」
イワノメではないのだとすれば、ふたたび罠にはめられたと考えるのは、軽率なふるまいか。
上井は呟く。「幸畑は、我々がここに来ることがわかっていた」
こうなると、どう考えるべきか。
「いなびを探すことに、変わりはないか」




