第12章「暴れ馬の悪癖」_3
戦闘後、白鈴が目を覚ますと、そこにはヒグルがいた。無事なようだ。彼女はよかったとでも言いたげな安心した表情を見せる。
それからこの場にいるのは、彼女だけではなかった。
「白鈴、起きた?」
「いなびか? なぜここに?」
「いなびは、糸七が」
「目黒はどこに行った?」
少しとばかり眠っているあいだに、印象だけでは理解できない箇所がある。
「わからない」ヒグルはそう言って首を振る。「覚えてる? 標的を、私に変えたの」
「ああ」
「最後まで戦おうと覚悟決めてたら。目黒、急に戦闘をやめて。そのまま、どこかに行ってしまった。なんだか。何かを探しているようだった」
「探してる?」
うん、たぶん、とヒグルは頷く。
「それは、手遅れかもしれませんね」
声の主は、いなびではない。そのいなびはというと、気配なく現れた幽鬼を見ている。
「だれだ?」
生きているとは思えない。白い霧から、いかにもあやしい。幸薄い若い女だった。
「身構える必要はありませんよ。敵ではない」
彼らは大いに警戒していた。当然と言えるだろう。命が危険にさらされるこの環境下で、それぞれが信じられるものはといえば自然と限られてくる。
「わたしは、クチバ」
「なんのようだ?」違和感はありつつ、白鈴は落ち着いた態度で問う。
「手遅れって、なに?」
「……ハザンを、倒しましたね」
「あのまま食われる気はなかったからな」
「責めてはいません。あれでいい。彼は案内人として長く囚われていたので」
白鈴が静かに余所見をすると、その横でヒグルといなびはお互いに見合う。
二人は、クチバと名乗る女の真意がわからず、測りかねている。
案内人、とヒグルは小声で呟いた。
「あなたたちが、今、もっとも知りたいもの。それは、この状況を作った、『敵の正体』、ですよね」
クチバに表情らしきものはない。彼女は『それ』を教えに来たとでもいうのか?
「あなた方が現在、相手にしているのは、――馬鬼。本来、この大湊の大地にいる鬼ではありません」
「この村で、何が起きたのか、知っているの?」
「真相を、お話ししましょう。この村で、いったい、何が起きたのか」
声を頼りに、馬男は荒い息を吐きながら一人で野山を駆けていた。周囲に見慣れぬ鬼がいることを知り、それでもあるものを無いものと考えて走った。
見た目だけではわからない。馬男は傷付いていた。倒れて四つん這いとなる。苦しみや心地よさ、そのなかで彼は現実に戻り、気配を感じて顔を上げると、そこには馬がいる。首のない馬である。
彼は目を見開く。苦痛が和らいだ。
そして、瞳の奥か、それとももっと深い所からか。失っていたものを少しずつ取り戻すように、記憶が呼び起こされる。
「キガラ……」
彼女とのきっかけ。
五年ほど前。ある晴れた日のこと。
輝く太陽の下で、男は悩んでいた。男の名は目黒という。彼はことのは村で『ある夜の出来事』について深刻な悩みを抱えていた。
「無かったことにしたい」
「まあだ言っているのか、お前は」
彼を笑うのはキスケ。同じことのは村に住む、言わば幼いころからの彼の友人である。
「無かったことにしたい。なんとなくだが、覚えている。その記憶も消したい」
「消したいね。しかし、珍しいもんだ。いつもなら、なんにも覚えていないのに」
「酒を。楽しくて飲み過ぎた。そのせいだ。いつもより楽しかったんだ、きっと。そのせいで、告白を。俺はまたやってしまった」
「彼の悩み」とは、豊穣への感謝、祈りのお祭りの夜に、一人の女性へと酔った勢いで告白をしてしまったというもの。
酔った勢い。初めてではない。彼はかつてないほどに後悔していた。
「あんがい覚えてるのは、いい薬なのかもな。あとでひとから言われるより、実感できてる」キスケは分析した。
「とめてくれ」目黒は小さな声で言った。
「止めたぞ。お前は、効かなかった」
酔っていたのは、確かなものだ。
「相手は同意してくれた。これまでとは違う。いいじゃないかあ。なにが不満なんだ?」
「俺は」
キスケは待つ。「なんだ?」
「相手のことをよく知らない」
「あっちも、お前のことをよく知らないと思うぞ? この村に来て、まだ長くない」
ならどうしてと目黒は思考する。無かったことにしたい。その気持ちが先行する。
「そこまでイヤなら。本人に言ってみればどうだ。あれは酒の勢いでと」
「いえるかよ。あの顔を見てると」
口で言うのは簡単だろう。ただちに実行できるのであれば、こうして彼が村の片隅でもがくこともない。どういうわけか、相手はあの夜に同意したのだ。
やめときな、と周りが止めようとしたなかでも。現在も。彼女は。
しかしながら、彼は決心する。
「いやっ、言おう。このままでは駄目だ。行ってくる。相談乗ってくれてありがとな」
「相談だったのか? まあいいが」
彼は奮い立たせ、彼女を探しに行く。
そして、数日と経過した。目黒の悩みは詰まるところ解消されはしなかった。
キスケは大きくはない村のなかで、何も変わらない二人をなんどかと目撃する。
「おかしな人」
彼が告白した相手の女性。ある時、キガラはそう言いながら微笑む。
ここまでくると、キスケはほかに言うことがなかった。
「もう、お前ら、結婚すれば」




