第12章「暴れ馬の悪癖」_2
白鈴は馬男を追いかけなかった。その場を去っていくかれを追いかけるよりも、離れ離れはよくない、ヒグルたちとの合流を優先する。
ヒグルたちはすぐに見つかった。白鈴は、霧の中でかすかに聞こえる声を頼りに走った。
糸七が負傷している。ヒグルとシュリ、いなびは見た限りでは怪我をしているようには見えない。倒れている彼に駆け寄った。そんなところだ。
簡潔な説明とはなるだろう。馬男と争ったようだ。
白鈴、といなびは安堵したように口にする。
「なにがあった」
「それが、ね」
糸七は痛みをこらえている。「白鈴、気を付けろ。目黒だ」
「目黒?」
少し間を置いて、ヒグルは言う。「あれ? ハザンさんは? 一緒じゃないの?」
「ハザンは鬼だった。どうやら誘い込まれたようだ」
「そっか。ハザンさんが。ハザンさん、鬼だったんだ」
「それより、目黒が、どうした?」
「それが……」シュリは短い間に起きた出来事を述べていく。
鬼の手によって分断された後のこと、彼女とヒグルは目黒と共にいた。そこまで離れているとは思えない。探そう。そこで、目黒が突然苦しみだし、その姿を変えた。
『目黒は馬男になった。』
一度、経験している。ヒグルはそのように考えている。
二人が襲われそうになっていると、声を聞きつけてやってきた糸七が間に入った。そして糸七は負傷し、馬男は大声を発したかと思うと止めを刺さず、どこかへと姿を消した。
いなびは遅れてやってきた。姿は見ている。
「そうか。目黒が」白鈴は彼との出会いを振り返り、変遷をたどる。
ヒグルは信じたくないようだ。「白鈴、見たんだよね? あれって。その、屋水の森で」
「戦ったな」
「やっぱり、そうなの?」彼女はとにかく困惑している。「屋水で戦った『鬼』って。あれって。目黒だったんだ。でも、それなら……」
「思い出したことがある」糸七は顔を歪めた。「四年前、ことのは村を襲った、『鬼』についてだ。村人を食い、謎の病で脅かしたという鬼。その名は、――『馬鬼』だ」
「馬鬼だと?」
「ああ。馬鬼だ。まちがいない」
ばき、といなびは呟く。「うまのおに? うううん? 『それ』ってさあ」
「待て。まず先に、その馬鬼は、『倒された』のではなかったのか?」
「退治した。退治された。そのはずだ」
「では、村は――。なぜ、『ことのは村』は滅んでいる?」
彼らがいる場所とは、それはまさしく『ことのは村』である。無音の家々、あれだけの騒ぎがあったのに、彼ら以外に人の姿はない。不自然な霧は相変わらず濃く包んでいる。
「わからない。ただ『倒した』と、私は聞いた。村人たちは病で死んだ者もいるが、そのなかで症状の軽い者は助かったと」
いなびは辺りを歩く。「人が住んでいるようには見えないよ? 家のなか。住んでたんだろうなって。形跡はあった」
「つまり、この村で、なにが起きているの?」ヒグルは思考の整理ができていない。「ハザンさんは、鬼で。言ってたことは、嘘で?」
「ここに、もう、人は住んでいない」
シュリの言葉に、彼女は静かに頷く。
白鈴は言った。「目黒を探してくる」
「追うのか?」
「これ、全部、目黒がやったんじゃないの? 四年前に現れた馬鬼の正体って」
いなびは可能性を捨てることはできなかった。
「だって、あれを見たあとだとさ。戦わないで、話も通じるようには見えなかったよ?」
「私は、目黒がやったとは思えない」
白鈴は一度戦っている。そしてその後に、屋水のお社で、人間の姿をしている目黒とも会っている。彼女の心は決まっていた。結論するのは、早計ではないか。
結果、白鈴とヒグルは馬男となった目黒を追いかけることになる。残りの三人は、ことのは村で「待機」となった。糸七は重傷ではなかったが、これまでどおりに体を動かすのはしばらく困難である。
いくら待とうと晴れそうにない霧のなかを、獣の声がたびたび轟いている。怒りを含んだ。おかげで彼を見つけるのは容易だった。
原因は不明だが、白鈴は完全なかたちで馬男となった目黒と対峙する。
ここでは手短に話す。いなびが予想したとおりとなる。
言葉は通じない。彼は正気を失っている。
白鈴はやむを得ず戦った。
猪武者。彼女の技では痛手を負わせるのは難しい。そのくらいでは。刃が通らない。
ヒグルの魔法もたいして効果はない。
彼は体の大きさを変えられる。いくらか縮んだその体は敏速である。
よってまたも、白鈴は敗北する。凄まじい力で、岩壁に叩きつけられた。
「待て。めぐろ」と、彼女は意識を失いそうになりながら強い思いを声にした。




