第11章「戦士たちの賛歌」_4
ノボリの町から少し離れた場所には大きなお屋敷がある。嵐風門のお屋敷だ。糸七はだしぬけな訪問とはなったが、彼とは会え、それはとても貴重な機会となった。
大湊城でおきた出来事を伝える。大湊の化身の存在。城を囲む鬼の群れ。がしゃどくろとも戦った。風門にそしてその側近は興味深く彼の話を聞いていた。
疑問があれば慎重に口にする。彼らに真実を頭ごなしに否定する素振りはない。
側近は言った。「ところで、喜秀。ひとつ、頼みがある」
「なんでしょうか?」
「このご時世、お前の鬼を斬れるその腕を見込んで、これからこの地ノボリで、お前の父喜貞のように指南役となるつもりはないか」
「それは。シュリ様の護衛はいかがなさるつもりでしょうか」
「シュリはノボリに迎えよう。新たな護衛をつけ。なに、心配はいらん」
糸七は黙ってしまう。
風門は微かに笑んだ。「悩んでいるな。よし。今すぐ返事を寄こせとは言わん。焦らず、よく考え、見つけるといい。話は終いだ。下がれ」
糸七は話すべきことをすべて伝え、緊張する場を離れようとする。彼にとってなかなか無い経験だった。
すると、誰でもわかるぐらいにはっきりと空気が変わった――風門に止められる。
「待て。聞き忘れた。白鈴といったな。鬼を、どう思う?」
糸七はわずかな間を置く。鼓動が早くなった。
「化け物だとは感じません。始めは疑っていましたが。本当の感情というのでしょうか。体は鬼であれど、人のように見えます」
「そうか。そうか。気にはするな。呼び止めてすまなかったな」
糸七と嵐風門の対話後。
この日の夜が近付いていた。星の明るい空、風が心地よく吹き抜ける。女は美しい和装をまとい、月明かりの下で優雅に歩いている。路地には静けさが広がり、遠くには刻々と響く夜の音が聞こえた。
白鈴はヒグルと二人きりになる。
「白鈴は、火門を止めた後、落ち着いたらどうするつもり、なのかな」
「先のことはわからない」
「わたしが、傍にいるよ。そう、一緒にさ、占いとかやってみない?」
「ヒグルと占いか。それもいいかもな」
「アルカナに帰って。ヒグルと白鈴の館、みたいな?」
一緒に過ごす時間が増えていくにつれて絆は深まっていく。しかしながら言葉とは裏腹に、白鈴にその気があるのか、それは理解できない。彼女は胸騒ぎがしていた。
「生きる理由なんて、探さなくていいんだよ?」
「戦いは終わっていない」ウゴウはそう呟いた。彼は「ついてこい」と言って、屋敷を離れ、夜となり人の少ないノボリの街を坦々と歩いている。
そばには、白鈴がいた。糸七とヒグルもいる。
あのあと……。傍から見て、二人にぎごちなさはない。
「大国との戦で、お前の父は帰ってこなかった。どう思っておろうな」
「きっと、父は悲しんでおられるだろう。主のため、戦いを終わらせるために、ノボリの街を出たのだから」
明示的に嵐風門に状況を伝えた。糸七としては、風門がこれからどういった行動を取るのかそれはわからなかった。そして、要請をどう受け取るか彼は悩んでいた(ノボリで迎えよう。リュウの妹であるシュリは聞くまでもなく旅を続けるだろう)。
悩みを抱えて、彼は実家に寄った。
父の姿が思い浮かぶ。少なかったとは言わないが、言葉数の多い人ではなかった。笑っている場面も日頃の生活から見られるくらいには陽気な一面もあり、とはいえ威厳に満ちた態度で他の大人と話していることもあった。とりわけ戦が近くなるにつれ、子供ながら『父親の』とは異なった恐れを感じるほどに。
「糸七はそう思うか。わしは、違うがな」
「うん? それは」
「夜が更ける前に用を済ませよう。指南役となるなら、その前に見せておきたいものがある」
ウゴウは誰よりも先に道を進んでいく。
糸七はしばらく背を眺めてから、二人に声をかけた。
「共にいるのはこれが最後となるだろう。白鈴、ヒグル。助かる。私のために」
「世話になったからな。このくらい些細なものだ」
「ノボリで、先生になるんでしょ? 私たちで、少しでも役に立てたらいいけど」
「鬼退治だ。心強い」
糸七はこの地ノボリで、かつて武術の修行が盛んに行われていた場所へと向かっていた。
そこは現在、人里からやや離れている故か安全ではなかった。
「あれって」
ヒグルはほのかに暗い夜道で一人歩く老婆を見つける。
「柄木田だ」
白鈴は目を凝らし判断すると、真っ先に走り寄る。
「柄木田」
「うん?」柄木田に警戒の色はない。「お前たちか。こんな時間に、なにをしている?」
「それはこっちの台詞だ。一人か? 火門はどこにいる」
「火門? 火門などここにはおらん」
「言っておくが、空言は為にならないぞ」
「知らんものは知らんと言っている。それよりも。もういいか? 私に、これといってたいした用でもないのだろ?」
柄木田は急いでいるように見えた。興味がないと捉えるべきか。彼女は立ち去ろうとする。もうその態度は、幾度かと(飽きるほどに)眺めた記憶が白鈴にはあった。
「待て」白鈴は言った。




