第10章「鬼の国 かしわの木」_5
奇妙な本「ボンボン」を手にして、白鈴はシノハラに頼まれた用事を済ますため救護班のいる場所へと向かう。町に外傷を負っている者は多いようだ。だが笑顔も見られる。
救護班からヒグルはちょっとした手伝いを頼まれる。彼女は快く応じた。
見届けると、白鈴はいなびと共に、沖加五六という男がいる納屋を目指す。
「お前たちか。陽が傾き始める前にやってきた来訪者というのは」
納屋へまっすぐ歩いていると、声をかけてきたのは女のような顔をした男だ。
「お前は?」
「沖加五六。話がある。ついてこい」
ボンボンはこの男と面識があるようだ。いなびの腕の中でそれらしいことを言っている。
この男もカシワに奇妙な本があるという情報を聞いて、興味を抱き、拝見したのだろう。
彼は「白鈴」と二人だけで話がしたいようで、いなびに離れたところで待つよう働きかける。
人気のない場所へと、彼女は後ろをついていく。
「ここでいいだろう」
その言葉を最後に加五六は刀を抜き、背後から斬りかかる。
彼女はかげかげを取り出してその身を守った。
「その体に、その力。間違いないな」
「なんの真似だ」
彼は返事するつもりはないようだ。黙々と彼女に襲い掛かる。
「待て。くっ。どういうつもりか説明しろ」
相手は刀を抜いている。腕試しなどではなく間違いなく殺意がある。とはいえ、白鈴は彼の体に切り傷どころか、怪我をさせようとはしない。彼女は思えない。
「お前、鬼なんだろ?」
鬼。その言葉ではっきりと理解した。この男は知っている。
「人を誑かす鬼が。ふざけたことを抜かすな」
白鈴が戦意を削がれていると、その一方で、彼は待たない。
切り付けて、ようやく肌をとらえた。加五六は舌打ちをする。
白鈴は片腕を抑える。避けたつもりだったが。
斬られた個所は、すぐに再生した。
「人の振りをするな。次は無いと思え」
彼の目にはいっそう腹立たしいものがいるようだ。
ふたたび争いが始まると、なんと刀を持った糸七が二人の間に入る。
状況としてはよくない。加五六にとって鬼をかばう者が現れた。それもまさか。
白鈴に代わって、糸七は戦う。彼に譲る気はない。
糸七が競り合いむなしく負けると、今度争いを止めに入ったのは雲残である。
「待て。両者とも待たれよ」
「雲残のおっさんか」
「今夜、鬼の群れがやってくる。今は争っている時ではない。必要なのは協力だ。互いに争い、戦力を削るのは得策とは言えんのでは」
「正気だよな? このちっこいの、俺たちを油断させるために、人の子に化けてる鬼だぞ。協力するはずがねえだろ。敵だ」
雲残は白鈴のほうを見た。
「おっさん。これは由々しき問題だぞ。お前なんだろ? カシワにこの鬼をまんまと潜り込ませたのは」
「お主、鬼だったのか」
「おっさんがやらないなら、俺がここで終わらせる」
「待て。オキ」
「どけ」
「待つんだ」
「無理だ」白鈴は呟くように言う。
「はあ?」
「お前には。私を殺せないぞ」
「お望みのようだな。いいだろう。やってやる」
「やめんか」雲残は場の空気を変える。「端からかしわを襲うつもりならとっくに行動しておろう。落ち着け。両者とも冷静にならんか。お主も、焚きつけてどうする」
「鬼を、生かす理由がねえだろ」「大湊は腕のある武士が多いと聞いてやってきたが」「こんな腰抜け侍が使い物になるとは思えないな」そのあと加五六は幾度も不満を述べながら、雲残の提案に渋々従った。
シノハラに説明し処遇を決めてもらう。
「白鈴殿、白鈴殿」いなびは囁く。
「なんだ、その呼び方」
「甘い言葉で籠絡してみるのはいかがでしょう」
姿を変える。人にもなれる。黙っていた。危険と判断されるのは当然であり、白鈴はこの夜、自由を奪うため密閉された容器に閉じ込められることになる。
女子供の多い一行には「鬼」が混ざっていた、その事実はあっても、シノハラは彼らに協力を断らない。彼は、この日、そこまでの余裕がないと考えているのか。
時は来た。可能な限りの部隊は揃った。周囲の空気が緊張で張り詰めている。彼らは使命を胸に秘め、鼓舞し、門を開け出陣する。
「シノハラ。ナニ考えてやがる」
「子供だと思って舐めてると痛い目見るよ。私あなたより強いから」
「それは心強いな」
鬼の群れは予想を超す。カシワは鬼の領域に広く包まれ、彼らの邪悪な力が蠢く。
戦場が消失したはずの「森」に変わろうと。長く続く戦いの日。数が多いだけであれば、どれほどよかったか。
中には強力な鬼も交ざっている。目の鬼や夜鬼ホタルなど。
間違いであってほしい。そう願いたい。どうにか侵攻を抑えていると、血まみれの大きな袋を担いでいる鬼、赤ぼっくりまで現れる。




