第10章「鬼の国 かしわの木」_3
もう気付かれないようにする必要もない。白鈴は水の体で一足早く眠りにつく。
一方、様子を心配して、機会を見計らい目黒はヒグルに話しかけた。彼女には悩みがある。
「どうかしたのか?」
「すこしね。城でのことを思い出していただけ」
彼はある程度、見当はついただろうが深掘りはしない。「そうか。ちゃんと休めよ」とだけ言って、傍から離れていった。
薄暗い洞窟の中で、気遣いだろう彼の行動を見ていた者がいる。知って続くように、ヒグルに話しかけたのはシュリだった。
「白鈴のこと?」
「うん」
「ああ。なんて言ったら。心が決まってる、感じだね」
「私には、自分自身の、鬼への抵抗にも見える。自身が鬼であるからこその戸惑い。人でいたいと」
ヒグルは少し間を置く。
「白鈴は否定するかもしれないけど。白鈴は鬼ではないよ。人だよ。そのからだは……」
「狭間にいる」
「どうにかして、わかってもらえたら。そうすれば。どう、なのかな」
「ヒグルの思い。届くといいね」
その後、各々が明日の為に眠りにつきだしていると、微かな音でも聞いたか、人の気配を感じ取ったようでいなびが目を覚ました。
「ううん。ヒグル? なにやって」
「しい」
その時、シュリも起きていた。月光浴だ。静かにするよう、彼女は手振りと合わせて制止させる。
「白鈴が人か鬼か、占ってるみたい」
空が明るくなると、彼らはそこから移動を開始する。広大な洞窟は想像を絶する広がりと壮大さを持つが、たとえそうだとしても彼らが山を抜けるのも時間の問題だろう。
「シュリって、屋水の巫女なんだよね?」
いなびが問いかけた。シュリがリュウの妹であることを隠していたわけではないので、彼女が林で出会った時から事実を知っていたかどうかはわからない。
「あれでしょ?『鈴』を持ってるの? 特別な鈴。神様が鈴の音で、災いから遠ざけてくれるって話あるからさ。今更になるけど、それがあれば、この先、鬼から襲われる心配とかなさそうじゃない?」
「私は持ってないかな。屋水じゃなくて。別の場所にある、ということしか知らない。どこにあるのかまではわからない」
糸七は言う。「屋水に住む人たちは、ほとんどの家がどこかに鈴をぶら下げていると聞く。それは本当なのか? 屋水姫が鈴に寄ってくると聞いた」
「うん。そうだね。燃えたけど。どこのお家にもあると思う」
朝だとわかる暖かな光が差し込んでいる。やわらかな風がたびたび通り抜けており、周りの空気を爽やかにしている。彼らは知らず、鬼の巣へと踏み込む。
異変に気付いた時にはすでに遅かった。独特な悪臭と共に巣の主であろう鬼の姿がある。噂をしていた大型の鬼だ。がしゃどくろではない。
しかし、その鬼は微動だにしない。誰だか知らないが、巨大な鬼は打ち倒されていた。
どう考えても楽に倒せる相手ではない。こんなことができるのは、大湊にいる侍でもそれほど多くないだろう。
大型の鬼の巣を通り抜けて、昼にもなっていないが空からの明かりも減りだし、冷たく薄暗い環境が長く続いた。これまで彼らは、この山で、同じように通り抜けようとする「人」を誰一人見かけてはいない。決して安全な道ではないので、移動は困難というのは正当であり、それは選択の一つとして尤もかもしれない。
実際、危険と呼ばれる個所は現在の大湊にいくつかある。
けれども、声がする。男の声だ。白鈴に向けて呼びかけているようだった。
暗がりから姿を現したのは幸畑である。彼は随分と気楽に構えている。
「まさかとは思ったが、こんなところで会うとはな」
「幸畑か。なにか用か」
「あ? ヌエか?」目黒は知って敵意を抱く。
「シュリ、元気そうだな」
「おかげさまでね。アノトキは、アリガトウ」
幸畑の傍には女がいた。ヌエの一人であり、彼と違ってお面で素顔を隠している。以前見たヌエのお面と比べると女性的な顔立ちだ。
「前置きはいい。来るなら来いよ。ぶちのめしてやる」
「待て」白鈴は目黒を止める。「幸畑、あの手紙はお前の仕業か?」
「どんな手紙だ」
白鈴は答えない。
彼はじっと待ち続けたが最終的に諦める。「まっ、いいか。有難く思え。なんと、ここでお前たちに、良い事を教えてやろう。火門と柄木田についてだ。火門と柄木田はカシワを抜けて、ノボリ方面へと向かった」
「信じると思うか? なぜ、そんなことを教える?」
「信じる信じないは好きにしろ。伝えたからな」
目黒は気が済んでいない。「おい待て。まだ話がある」
「俺はない。俺たちは忙しいんでな。ミドリ、追うぞ」
「あ、ああ」
幸畑とミドリと呼ばれた女は彼らを置いて洞窟の奥へと行ってしまう。
「ヌエが何しにこんなところにいるんだろ?」ヒグルは戦うよりも疑問を感じる。
「感覚的なものになるが。柄木田を追いかけているようにも思えた」白鈴は言った。
「柄木田を? どうして?」シュリが問う。
「どうせ、ろくでもないことだろ」糸七が答えた。
「なあ。五年前にあった『事件』、覚えてるか?」目黒はヌエが消えた道を眺めている。
「五年前?」白鈴は思い出そうとした。
糸七が言う。「火門は次男に次ぎ、兄弟をも失った。火門の弟、三男にあたる真文様が死んだ。それと、当時の間関衆代表シシタケの死だな」
「ああ。うん」シュリは心に浮かんだ。「毒殺だったって。で、『だれがやったのか』。そこで間関衆が」
言葉が途切れる。目黒は続けた。「あれは、間関衆の裏切りという話だったろ? 間関衆は他国と組んでいた。その裏切りの証拠を見つけたのが、聞く限りヌエらしい。そしてその見せしめとして、シシタケが殺された」
ヒグルは静かに頷く。「それから、間関衆とはあまり、少し険悪なんだよね」
それぞれが思考や感情に基づいていると、いなびが感情的な言動を取る。
「間関衆は、殺害には関わってないよ。毒を盛ったその犯人は、村を捨てて、どっかに逃げやがった。そいつこそが、本当の裏切りもんなんだ」
「そうなのか?」白鈴は冷静に問いかける。
「間関衆は裏切りなんか絶対にしてない」




