第10章「鬼の国 かしわの木」_2
「気の、せいじゃない?」ヒグルには心当たりはないらしい。
「まあ、そっか。そうだよね。だって知ってたら覚えてそうだし。ヒグルって生まれどこ? この辺じゃない。たぶん、遠い所から来た人だよね」
「生まれは、そうだね」
「私、少しだけ知ってる。『エルフ』って、『人』、食べるんでしょ? 怖くない?」
「そうなんだ。会ったこと、ないから」
「頭から、『丸齧り』って聞いた」
「おお」
二人だけで知識を深めている。そこで目黒も自身の知見を広めようと質問した。
「じゃあ、ええ、スライムってのは知ってるか?」
「スライム? 知らない。なにそれ? 食べられるの?」
「わからないならいい。聞いてみたってそんだけだ」
「でも、エルフのほかに、『ゴブリン』とか知ってる。『ゴブリン』は『蜘蛛』が『嫌い』。この辺りにいない理由はそうだってお爺ちゃんから聞いた」
ゴブリンについても名前は知っているようだったが、ヒグルにはその情報も初耳のようである。
少しばかりの短い休息があり、彼らは再び目標地点に向かい始める。夜が迫っているためでもあるだろう。周囲は足を踏み入れる前と比べて、不気味な雰囲気が漂い出している。
二羽の鳥が並んで飛び立つ。いなびが声を上げて立ち止まった。
「あっ。ああ、十字の魔女。思い出した。国一つを、たった一日で亡ぼした大魔法使い」
彼女はヒグルのことを指差していた。
「人は熱と衝撃波でやられた。着弾する前に。大量殺人として、世界的に指名手配されてる」
「ヒグルが大魔法使い?」と白鈴は不審そうな目をした。
「はあ」いなびは気付けば指差しをやめている。「どうか助けてください。命だけは」
「ちょっとちょっと、待って。それは、わたしは。魔法、使えるけど」
「やっぱそうなんだ」
「そんなことしたことないから。そんな、私が、悪人のように、見える?」
いなびが迷いを見せていると、これまでの過ごした日々を思い返していた目黒がようやく結論を出した。
「ヒグルが大魔法使い。ないないない」
その場にいた多くの者が「彼女は『大魔法使い』」を否定する。よって、いなびには真偽の判断は難しく証拠となるものは一切無いとしても、今の時点では人違いだと納得してもらうことになる。彼女には一国を亡ぼすほどのそこまでの力はないと。その性格も。極悪な一面は見た覚えがない。
夕暮れ時となり、些細な事でも足を止める場面もあったが、美しい緑に覆われた景色を進み続けていると、落ち着いた頃に彼らは誰もが予想もしていなかったものと遭遇する。
その場所では、鼻を刺す強烈な臭いが充満していた。ひどく腐敗した匂いに泥水の悪臭が広がっている。
白鈴は目を細めて見渡した。豊かな自然からは程遠い。木々がなぎ倒され、茂りを失っている。土石流の痕跡が残っているようにも見えた。
「なに、これ?」ヒグルも気付いたようだ。
「なんだこりゃ。地崩れ? じゃあねえよな」目黒は驚きに満ちた表情をしていた。
「すごい」シュリはわずかな言葉だけ口にすると、規模を確かめようと行動する。
糸七は彼女と一緒に行った。
「これ。間違いない」いなびは自信を持った口調である。「犯人は、言ってた、大型の鬼。そいつだ。そいつがやったに違いない」
「白鈴、がしゃどくろはやり切ってないんだよね」ヒグルが問う。
「あれぐらいでは倒せない」
その光景は彼女にとって、その身で経験した鬼雪崩を彷彿とさせる。
人がいたとは考えたくない。無残にも破壊された。鬼の所業を見届けて彼らは離れた。
山を越えるための洞窟を見つけると、悩まず先へ進む。
太陽は既に沈んでいる。洞窟は暗所ではあっても発行する石もあり困るほどではない。
夜も更けて、この日はここで休もうという話になる。
白鈴はいなびに教えていない「秘密」もあるので、眠らないつもりでいた。だが、糸七やヒグルの勧めに従い、睡眠をとることにする。
気付かれないように寝ればいい。
しかし意外なもので、意思とは異なり、彼女は迂闊にも皆の前で眠ってしまう。
その場で特にびっくりしていたのは、やはりいなびである。目の前にいた少女が「水」のような体へと変化したのだから。
「黙っていて、済まない」
人ではない。鬼がいる。いなびは冷静さを欠くかと思いきや、そのような行動は取らなかった。透明感のある水っぽさから、危険だとは感じていないのか?
「あまり驚かないんだ」とシュリは言う。
「い、いや。驚いたよ」いなびは態度は変わらない。「た、ただ、そう。ちょっと苦手かなあって」
「にがて?」ヒグルはゆっくり口にする。
「ああ、違う。ええっと、人ではなかったことではなくてさ、見た目がその私の苦手なものに少し近いかも、って感じで。はっきり言うと、白鈴が鬼なのは知ってた」
「あっ。そうなんだ」シュリは頷く。
「苦手なもの……。それって」
「ああ、ヒグル。言わないで」
いなびは白鈴たちが何者であるのか知っているうえで近付いたようだ。
「心配しないで。よく見たら、全然似てない」
幸いにも深刻化はせず、彼らの関係は進んだ。そして、白鈴もまた彼女がどこにでもいるような女ではないのだろうという認識を新たにする。




