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第10章「鬼の国 かしわの木」_1

 ・10



 私は、死人だ。


 私には、あの男への憎しみが残っているのだろう。


 思い出も、姉の記憶も、何もかも消えていく。


 そのなかで。捨てきれず。


 だから。いまでもわたしは。






 白鈴とヒグル、二人は城下町の外で再会した。城を脱出してから、ヒグルは捜索していたようだ。他の三人はというと、一時的な逃げ場として「紙崎」に向かった。


 これからの行動をどうするか。二人は彼らを追いかけようと話し合いで決まる。おそらく彼らは、紙崎には先に着いているだろう。


 目的地さえ定まれば、あとは直行するだけだ。


 するとその山道で、ヒグルが深呼吸をして、勇気でも振り絞るように尋ねた。


「城でのこと。どうして、一人で残ろうとしたの」


 白鈴には問いの答えはあった。しかし、慎重すぎた。


「いや、わかるよ。でも」とヒグルが続けて口にする。


「私には。何もないからな」白鈴は言葉を選んだ。


 彼女の無防備で瞳に映る独特な気持ちは、ヒグルを探求させる。「なにも?」と再度問いかける。


 深い悲壮感を抱いており、彼女は将来にも期待を失っていた。


「そんなことない。じゃあなんで。屋水で助けてくれたの」ヒグルは問う。ヒグルの瞳には真剣さが宿っていた。「私も、サモンも。ジロテツだって」


 だがそれが、深い闇に引きずられていく、靄のかかった彼女の心に取り戻す糸口とはならない。




 太陽が紙崎の街を包み、台地に優しい光を与える。風が優雅に吹き抜けて、青い暖簾を穏やかに揺らす。店先では、商人たちが町の生活を紡ぐ様子が見受けられる。温かな日差しと民衆の笑顔がふたりを歓迎する。


 紙崎へと到着した白鈴とヒグルは、「たみや」という宿でシュリと糸七の二人と合流に成功する。目黒は遅れて宿にやってきた。


 シュリは連日で力を使い過ぎたようでその体が縮んでいた。姉であるリュウと症状は似ており、リュウほどではないにしても全体的に幼く、身長だけでいえば頭一つ分ほど低い。


 全員が集まったところで白鈴たちは早速情報を共有し、状況を詳細に整理しようと試みる。


「間違いない。火門はこの国を変えようとしている」白鈴は確信していた。


「火門は、どこに行った?」目黒は言う。逃亡したとは想像しにくい。


「屋水、じゃないかな」ヒグルは自信はないようだ。


 白鈴は火門が言っていた言葉を覚えていた。相手の行動を推測する。「屋水の巫女。シュリの姉、リュウを狙っているだろうな」


「ってことは、俺たちの行き先は決まったな。屋水に行って、やつの企みを阻止する」


「ちょっと、待って」それぞれの顔を見て、シュリは声を発した。


 目黒は戸惑いを示す。「なんだ。まさか、止める気ではないだろうな」


「止めるというか、なんというか」


 シュリ、と白鈴は名を呼ぶ。「『大湊の化身』とは、なんだ?」


「それ。それ話しておきたい」


 彼女によると、『大湊の化身』とは「屋水姫」と密接な関係があるようだ。これまでに話していた、過去にツキビトが封印したという『化け物』、その片割れではないかと述べる。詳しいことまでは知らないらしく、姉から教わったものだと彼女は表情を曇らせる。


 火門は既に『封印場所』を知っているのではないのか。『大湊の化身』は、ツキビトに聞くのではなく、自分を探す行動を取るだろう。屋水には上井もいる。


 室内が静まり返ると、部屋の外から物音が聞こえてくる。


 たみや主人の息子のようだ。シュリと白鈴宛てに手紙を預かっている。


 文書の差し出し人はわからない。渡してきたのは若い男のようだ。では、その中身は。




 突如と渡された手紙を読み終えた後、白鈴たちは少憩を取り、全員揃って紙崎を出ることにする。日が暮れるまであまり時間はない。


 疲労はあれど紙崎に長く留まろうという気にはならなかった。


 糸七もついてくるようだ。行き先は、屋水ではない。『化け物』の封印場所である。


 手紙に、「火門はかしわ方面へと向かった」とあった。


 町を離れてからしばらくして白鈴たちは青々と茂った林を歩いていると、「鬼から逃げてきた」と説明する女性と出会う(年齢は一六だろうか)。少々興奮気味だ。一人らしい。


 彼女は「どこかの町や村まで、同行してもいい?」と提案する。「これも何かの縁」


 名前は稲美いなびという。下屋敷いなびである。


 この付近では、大型の鬼も出没しているようだ。一人だと不安。


 彼らもさすがにうたぐりはしたが、助けを求める相手を鬼もそれ以外も勿論いるだろう林の中に置き去りにするのも如何なもので、最終的には彼女を歓迎することにした。


 すると、ヒグルを見て、いなびは近寄り「どこかで見覚えが?」と奥の方から記憶を辿る。

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