プロローグ
「す、好きです! 結婚を前提に付き合って下さい!!」
「……っ、はい!」
春の風が舞うどこかの学園の屋上にて、二人の男女が晴れて結ばれた。
熱い抱擁を交わし、流す涙は二人の愛情をより育ためになるものだろう。
別にとびっきりの美男美女というわけでもない二人だが、そこにはまさに人間らしい美しさと愛らしさがあった。愛というのはそういうものだ。
「人の不幸は蜜の味」というように、また人の幸福も蜜のような味がする。
「(……控え目に言って最高と言ったところか、うん)」
二人の告白を影からこっそりと覗き込む一人の青年は、まさに誰かの幸福を見て幸せの味のというものを噛み締めていた。
誰に伝えるわけでもないのに真っすぐと親指を空に向け、満面の笑みをしている。
「……本当はもっとこうしていたけど、授業があるから」
「そ、そうだよね!」
二人とも顔を真っ赤にしているところを見るに、今更ながらに羞恥心が沸いてきたようだ。
それもそうだ、感情の赴くまま熱い抱擁を交わしたのだ。当然のことだろう。
「今日の放課後……デ、デートでもしよう」
「はいっ! 一杯遊びましょうね!」
こうして二人は手を繋いだまま屋上から姿を消した。
今、屋上には一人。
「いやぁ~実にいいものを見せて貰いました、と」
少しだけくせ毛があるどこにでもいるような普通の少年は、誰に言うでもなくそんなことを呟く。
たった今、短い休み時間が終わりを告げる鐘の音がなる。
「このまま教室に戻るのかぁ……」
あんないいものを見れたのに、すぐに数学の時間がやってくるなんてナンセンスにもほどがある。せめてもう少しだけ時間が欲しい。
この何とも言えない胸の安らぎをもう少しだけ味わっていたいのだ。
あの二人は同じクラスだし、別に友達というわけでもないが告白シーンを勝手に見物していたとなると顔を合わせづらい。
「少し、サボるか」
どこぞの不良漫画のように授業を丸々休んだりはしない。ほんの十数分行かないだけだ。
「高校に入学して三回目、何度見ても……実に良い。やはり〝てぇてぇ〟こそ至高――――普通高に入って良かったぁ~」
二次元のものも、三次元のものも等しく心を温かくしてくれる。
少しだけ現実離れしたような光景だが、やはり三次元でも二次元のような恋愛があるのだと……〝尊い〟という想いは実に素晴らしいものだということを再確認すると、教室へ戻るために踵を返す。
「――――ん?」
ポケットに入っていたスマホが振動した。
画面を見ると連絡用アプリに三件のメッセージが入っている。
「なにをしてるの?」
「授業が始まったよ」
「寝てるなら起きて」
隣の席に座る学級委員長兼生徒会副会長からの連絡だ。
「マズイ、委員長を怒らせると碌なことにならねぇ……放課後の部活が遅れちまう」
高校生にとっての部活というのは青春の一環である。彼も彼女も、先生ですらも、もしかしたらドラマのようなラブストーリーに巡り合っているかもしれないのだ。
それを見たり確認したりするために帰宅部という運動部でもあり文化部でもある最強の部活に入ったというのに、放課後生徒会室で会計に混ざって部費のまとめるなんてことはしたくはない。
取り合えず「今から戻ります。すみません、ごめんなさい」と返信をして、屋上の扉を開いた。
だが、その先にあったのものは現実とは遠くかけ離れた空間だった。
「え」
扉を開いた直後に落下していく身体に、脳が思考停止した。
視界に広がる中庭のクリーム色のタイルが徐々に近づいて来ていることを確認すると、急に周りがスローモーションのように変わっていく。
これが走馬灯というやつなのだろうか?
三階……二階…………一階、第三者から見れば一瞬の落下も当事者となれば話しは別だった。
たったその一瞬で脳裏を過ぎっていくのはこれまで生きて来た人生そのもの。
だが、不思議だ。
普通高校に入ってから一度目の告白現場。二度目の告白現場。そして三度目の告白現場。そのラブストーリーの全てが短編ドラマのように脳裏を過ぎっていくのだ。
一回目は確か入学式の時からオーラを出していた幼馴染同士の恋。
二度目は委員長の手伝いをし終わった完全下校時間に巡り合った気だるそうな科学の豊先生と活発な体育の静先生の恋。
三度目は……一年の冬に海外から転校してきたロシアと日本のハーフ美女と、生徒会書記の康友の願い叶った恋。
「ぁ……――――」
願わくば……その先の幸せな物語を見てみたかったなぁ。
そんなことを考えながら、一人の青年はこの世から旅立った。
タイトル変えるかも……ピンッと来てないわ