第075話 策に墜ちる
075話~
そしてついにその日はやってきた。魔王城の城門の前に勇者とイリアスの乗った馬車が到着したのだ。彼らをもてなすために俺とジャックが城門の前で待っていると、馬車からイリアスと一人の少女が姿を現した。
イリアスはこちらに歩み寄ってくるとにやにやと笑いながら口を開く。
「これはこれは、魔王の配下の皆さん。お出迎えご苦労様。」
「初めまして、私はジャック。魔王様の執事でございます、以後お見知りおきを。」
軽く自己紹介しながら、握手すべくスッとジャックは手を差し出した。しかしイリアスはその手を払いのけた。
「あなた方と慣れ合うつもりはないんですよ。それよりも早く魔王のもとへ案内してくれますか?」
「わかりました。ではこちらへどうぞ。」
ジャックはイリアスの無礼な態度をとられても表情を変えることなく、踵を返して彼らをアルマ様のもとへと連れていく。そしてジャックは俺の真横を通り過ぎる時に耳元でぽつりと囁いた。
「後はお任せいたします。」
俺は彼の言葉に無言で少し頷く。
ジャックとイリアスたちが城の中に入っていったのを見送ると、音もなく俺の後ろにナインが姿を現した。
「マスター。」
「ナイン、それじゃあ頼むぞ。」
「はい。」
ナインにそう声をかけると、彼女は事前の打ち合わせ通りに守の果実のある庭園へ空間を繋げた。ナインが切り裂いた空間をくぐると、目の前には守の果実が実った木がそびえたっていた。
「さてさて、それじゃあ早速……。ナイン、周りに人が来ないかだけ見張っててくれ。」
「かしこまりました。」
そして俺が木に触れた瞬間、そびえ立っていたステータスの木が忽然と目の前から姿を消した。それを確認した後、俺はもともとそれがあった場所の周りに守の果実によく似た果物の食べ残しを実っていた果実の数だけばらまいた。
あたかも何者かがここに侵入し守の果実を食い荒らしたかのように見せかけるためだ。
「これで良し。ナイン戻るぞ。」
「かしこまりました。」
偽装工作を終えた俺は見つからないうちに魔王城へと引き返す。そして城の裏にある花畑へと足を運んだ。一面が花で囲まれたその花畑の真ん中にはぽっかりと穴が開いている。
これは昨日のうちにジャックさんに許可をもらって掘っておいたものだ。このステータスの木を移植するためにな。
収納袋からステータスの木を引っ張り出し、穴の中に埋める。そして土をかぶせて周りに大量に花を植え、土を掘り起こしたことが見えないようにした。これで偽装工作はばっちり。あらかじめ準備していたおかげで、たいして時間もかかっていない。
「後は果実を一つもぎ取ってっと。」
実っていた守りの果実を一つもぎ取ると、俺は城の中へと戻る。
兎にも角にも、これで全てのステータスの果実が揃った。これでイリアスが企んでいる平和条約の破棄は実現しえないものとなった。
そして大きな皿の上に綺麗に洗った四種類のステータスの果実を盛り付けると、面会が行われている部屋へと足を進める。
ちょうどその部屋の前に辿り着くと、中からイリアスの声が聞こえてきた。
「それで、こちらが要求したステータスの果実四種類はどうなっているんですか?わかっているとは思いますが……もし用意できなかった場合、平和条約は破棄しますよ?」
聞こえてきた声から、イリアスがほくそ笑んでいるのがよく分かる。これからその表情がどう変わるのか……いよいよ楽しみになってきたぞ。
そして扉をノックしようとしたとき、ジャックの声が聞こえてきた。
「ホッホッホ、それに関しまして……ちょうど準備が整ったようです。どうぞ、入ってください。」
どうやらジャックは俺が準備を整えてここに立っている事に気が付いたらしい。
ノックする前に入ることが許可されたので、俺はゆっくりと扉を押し開けながら中へと入る。
「失礼します。」
「おや、誰かと思えば先ほどあなたと共にいた配下の方ですか。」
イリアスは一瞬こちらを見たが、興味なさそうにすぐに目線をそらす。
「彼の名はカオルと申しまして、このお城で料理人を勤めてもらっています。」
「ほぅ……まぁそんなことはどうでもいいです。こちらが要求したステータスの果実を見せてもらいましょうか。」
ニヤニヤと意地悪く笑うイリアスの目の前に俺はステータスの果実が盛り付けられた皿を置いた。
「お望みのものはこの四種類で間違いありませんね?」
「フッ…………。」
イリアスはこちらが用意したそれを見つめてあざ笑うかのようにニヤリと笑う。
「まさか偽物を用意するとは、ずいぶん狡猾ですね。」
まるでこちらを見下すような表情でイリアスはそう言った。
「ほぅ……偽物ですか。根拠はおありで?」
「こんな子供だましに引っかかるほど低俗ではないのですよ。」
どうやらこちらが偽物を用意してくることも想定していたらしい。しかし、生憎だがここに用意したものは紛う方無き本物だ。
そして、イリアスが両手をパンパンと叩くと別室で控えていた魔術師のような風貌の男が部屋の中に入ってきた。
「これはこちらが連れてきた鑑定士にこの場で鑑定をしてもらいます。もしこれが偽物で我々を騙そうとしていたのなら……平和条約は即破棄します。いいですね?」
「構いません。」
自信満々なイリアスにジャックはにこやかに微笑みながら頷いた。
そしてヒュマノ側の鑑定士とやらが、部屋に入ってきて守の果実を鑑定すると……彼の表情が驚愕の色に染まる。
「ほ、本物です。」
「な、何ィィィッ!?そんな馬鹿なことがあるかっ!!もう一度鑑定しろッ!!」
鑑定士が出した結果にイリアスが動揺している隙に、俺はジャックに耳打ちした。
「これでもまだ信じないようなら、花畑に案内してください。そこにステータスの木があります。」
「かしこまりました。」
守の果実を本物と認めようとせず、何度も鑑定士に確認させ悪足掻きをするイリアスの姿はとても滑稽で、笑いをこらえるのが大変だった。
それではまた次回お会いしましょ~




