第032話 戻る日常
032話~
一度もといた世界に帰還したものの、また次の日からはいつもの日常が始まった。それは当然のことであり必然のことだった。
そして俺は今、レベルを上げるためにハンターズギルドでの魔物討伐依頼を受け、魔物討伐にいそしんでいる最中だった。
「グルルルァァァァァッ!!」
暗闇から飛び出してくるオオカミのような魔物に俺は四苦八苦していた。というのも、人間というのは獣ほど夜目が利かない。つまりいくら危険予知のスキルがあろうとも暗いところは見えないのだ。
そして今回討伐している魔物の名はシャドウウルフェンその名の通り闇に紛れるような黒い毛並みを持ったオオカミのような魔物だ。ゆえに夜闇に紛れることに特化している。
「クソ、厄介だな。」
この魔物の一撃程度では命の危険はないらしく、なかなか危険予知も発動しない。仮に発動したとしても暗闇に同化しているシャドウウルフェンの姿を目で捉えることすら難しい。
暗闇に目が慣れてくるまで耐えようと思っていたのだが、そんなとき俺の顔の真横をシャドウウルフェンの鋭利な爪が通り過ぎていき、頬の辺りを鋭利なもので切り裂かれたような痛みが走った。
「うおっ!?」
痛みの走った部分を指でなぞってみると、生暖かいものがぬるりと手に付いた。暗くてよく見えないが恐らくは出血してしまっているようだ。しかし、案外傷は浅かったらしくすぐに血は止まった。
「ふぅ、危なかった。」
もしあれが頬ではなくもう少し下の頸動脈だったらと考えると、背筋がぞっとする。まぁだがそうだったとしたら危険予知が発動してくれていただろうから致命傷は避けられたはず。本当にこの危険予知のスキルには感謝しないとな。
こうしてなんとか攻撃をしのいでいると、少しずつ夜の闇に目が慣れてきた。そのおかげで少しだがシャドウウルフェンの姿が見えてきたぞ。
そうとは知らずにまた何匹かいるうちの一匹が飛びかかってくる。
「今度は見えてるぞっ!!」
飛びかかってきたシャドウウルフェンの顎めがけて遠心力と体重を乗せた回し蹴りを放つ。すると、確かに足の先に当たった感触と、骨の砕ける感触が伝わってきた。おそらく致命傷のはず。
どんな動物でも脳に近い顎は弱い。余程頑強な骨を持っていない限りはな。
しっかりと回し蹴りが決まると、あの声が響いた。
『レベルが1上昇しました。』
これでやっとレベルは25……だが目標のレベル50まではまだまだ遠い。最近アルマ様やジャックと手合わせをしてもレベルが上がらないことが増えてきた。前はポンポン上がっていたのだが、やはりレベルが上がってくるにつれて上がりにくくなってきているのだろう。
そんなことを思っているとその声は続けて言った。
『暗闇での戦闘の熟練度上昇により、パッシブスキル夜目を習得しました。』
そう声が響いた瞬間、先ほどまでぼんやりとしか見えなかった暗闇がまるで昼間のようにはっきりと明るく見え始めたのだ。
それに伴って俺を取り囲んでいたシャドウウルフェンたちの姿もくっきりと俺の目に映った。
「こいつは便利だな。これだけ耐えた甲斐があった。」
乾きかけていた頬についた血をぬぐうと、俺はやつらを睨み付けた。
「さてと、反撃開始だ。」
そして俺は仲間が一匹やられて浮足立っているシャドウウルフェンたちの群れへと突っ込み、やられた分をやり返すのだった。
それから数分後、俺は倒し終えたシャドウウルフェンたちを収納袋の中へと放り込んでいた。ふと感じたことなのだが、こいつらの毛皮は意外にもモフモフしていて触り心地がいい。例えるのなら、まるでポメラニアンのようだ。凶暴な性格とは裏腹に案外かわいいところもあるんだな。
凶暴じゃなかったらペットとしても人気が出そうなものだが、ペットとして有名じゃないってことは人には懐かないのだろうな。
そんなことを考えながらも、倒したシャドウウルフェンを全て収納袋に放り込むと、俺はギルドへと帰路についた。
夜だというのに昼間のように明かりを放つギルドに着くと、案の定というかなんというか、酒場にはリルの姿があった。
「あ、戻って来たねぇ~♪」
「また仕事中にお酒飲んでるんですか?」
すっかり出来上がってしまっているリルの前に座ると呆れながら俺はそう言った。
「これもギルドマスターの特権さ♪君もどうだい?」
「俺は遠慮しておきます。それよりも依頼のシャドウウルフェン倒してきましたよ。」
「おぉ!!さっすが仕事が早いね~。今回は何匹倒したんだい?」
「10匹ちょっと……ってところですか。」
「ありゃ、意外と少ないね?てっきりスケイルフィッシュの件があったからまたとんでもない数倒してきたのかと思ったよ。」
あれは例外中の例外だからそれを基準にしてほしくはないな。あの時は確かに入れ食いだったこともあるが、主にラピスの貢献がデカい。あの時のラピスはすごかったからな。
「よいしょっと、それじゃあ確認するから収納袋を貸してもらえるかい?」
「はい。」
リルに収納袋を手渡すと、彼女はおもむろにそれを逆さまにした。すると、その中から倒したシャドウウルフェンが姿を現した。
「うんうん、12匹だね。ちょうど一つの群れの平均的な数かな。それと、この子……。」
リルが指さしたシャドウウルフェンは他の個体よりも一回り大きいものだった。
「この子は群れのリーダーだね。正式名称はダークウルフェン。シャドウウルフェンの上位種だね。」
「じゃあ報酬の対象じゃないんですか?」
「いや、この子の毛皮はすごく高価でね。状態もいいし、特別報酬を出すよ。」
そして再び収納袋の中にシャドウウルフェンたちを仕舞うと、リルは席を立ってギルドの奥の方へ行ってしまった。それから少しすると、収納袋とともに硬貨が入った革袋を持ってきた。
「はいこれ返すね~。それとシャドウウルフェン11匹とダークウルフェン一匹の報酬ね。」
「ありがとうございます。」
革袋の中には何枚か金貨が入っていた。今日もいい収入だ。
そしてギルドを後にしようとしたその時……。
「あ、ちょっと待って?実はキミ達に依頼したいものがあるんだ。」
「依頼ですか?」
「うん、並みのハンターじゃ手に負えないやつが出たんだ。生憎私はここから動くことはできないから、キミ達にお願いしたいんだけど、話を聞いて行ってくれないかな?」
「わかりました。」
リルはキミ達と言っていたからおそらくラピスも一緒に連れて行った方が良い依頼なのだろうな。
それにしても並みのハンターじゃ手に負えない魔物か。良いレベルアップの糧にはなりそうだ。
それではまた次回お会いしましょ~