序章
今となっては懐かしいあの日々——。
目を伏せれば、あの日々を鮮明に思い出すことができる。
当時の英知の大公から王立図書館の司書に任命された日、あの日は浮き立つ心を抑えられなかった。
ついに彼らに恩を返すことが、手伝うことができるのだ。
それと同時に、自分の足で、手で、目で、あの本を見ることができるのだ、世界を見ることができるのだ、と。
英知の一端を見ることができるのだ…。
そう、王立図書館の司書に任命されることは自分にとってはすべての望みが叶ったに等しいことだった。
あの方を助けることができるのだ。
「ネイジュ」
一言、そう呼ばれた。
ピンと背筋が伸びる。
「はい、英知の大公、ネイジュはここに」
英知の大公は満足そうにうなずく。
「君は異例尽くしの異例中の異例だが、——この王立図書館の十三の針を託そう」
託されたのは、王立図書館の司書に与えられるブローチだった。
羅針盤を思わせる意匠のマークに杖のような形状の針が取り付けられている。
「——君にはこれからさき、困難が待ち受けているかもしれない。けれど、遠い未来のことを期待して、十三の針に推薦した。その未来が来た時に、ここで得たことは役に立てられるだろう」
まるで予言めいたことをいうな、と英知の大公を見上げながら思った。
「いつか、きっとわかるよ」
藍色の瞳にはどこかあきらめにも似た色が浮かんでいた。
「…精進いたします」
「期待しているよ。次代候補ネイジュ」
この日から、私の図書館司書としての人生が始まったのだった。