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※ここから数話ほど彩瀬視点になります。
私が白木院光梨と出会ったのは中学3年の時。そんな運命的なものじゃなくて、たまたま同じクラスに仕分けされて、たまたま最初の席替えで隣の席になって、たまたま志望校が同じで……運命と偶然の境い目って何だろう。
とにかく、普通に知り合って、浅い友達付き合いが始まった。
「ひーちゃんは友達とかいないの?」
「彩瀬だけだよ」
「ひーちゃんだったら他に誰かいるんじゃないの」
背が低く、童顔で、さらさらの髪は丸みを帯びて肩に届かないぐらいで切り揃えられていて、校則通りに制服を着ている。清楚で人当たりがいいから、そこそこの人気者に位置する子だったんだろうなと憶測をしていた。
「いつもお姉ちゃんと一緒にいたから、友達を作る余裕はなかったかな」
「それはとても仲良しさんだね」
「えへへ。お姉ちゃんには、のんちゃんには私がいないとだめだから」
照れくさそうに光は笑っていた。複雑な家庭の事情があるもんだと思ったけど詳しくは聞かなかった。
「そういう彩瀬は?部活もやってなかったっけ」
「なんか馴染めなくて」
小さなころから淡泊な性格をしていた。人から距離を取って、踏み込まず、遠ざけて。平和主義も行き過ぎると一人ぼっちになる。誰も傷つけず傷つかず、一人でいたら争いは起こらない。
「だけどひーちゃんとだったらうまくやっていける気がする」
「それはよかった」
居心地が良かったのは似た者同士だったからだろう。光梨の方も私に深く踏み込まないでいた。話すことと言ったら今日の天気とか、授業のこととか、流行りのドラマのこととか。本音を言っても嘘を言っても関係が変わることのない、ただ一緒にいるだけのおままごとのような付き合いだった。
―――
1学期が終わり、中学最後の夏休みになった。受験勉強に追われる中、ひーちゃん……光梨のことを想うと胸が熱くなった。なんで今日は会えないんだろう、一緒に昼食を食べていないんだろう。一緒に通学路を歩いていないんだろう。
今まで生きていて感じたことのない寒気がした。それを寂しいという言葉で表すらしいけど、当時はまだ知らなかった。
夏休みが明けた2学期の初日。数十日ぶりに光の顔を見た時、私の中で押さえつけられていた何かが弾けた。彼女をもっと自分のそばに引き寄せたいと思った。自分だけのものにしたいとさえ。
「光梨、久しぶり。夏休みはどこか行った?誰かと会ったりした?」
声は震えていた。初めて光梨のプライベートな部分に踏み込む。今までだったら、私が「まだまだ暑いね」と言って、光梨が「そうだね」と返して、その日は終わり。
結局、平和主義なんてものは建前だった。私にとって初めて好きになった人が光梨で、大切にしたい人に出会うまで少し時間がかかっただけ。
「どこにも行ってないよ。のんちゃんと家にいた」
「そののんちゃんってどんな人なの?一度会ってみたいな」
光梨の一番そばにいるのはいつも、のんちゃん。顔も本名も知らないような相手に敵意を感じた。
「私に友達がいるってのんちゃんにバレたら、彩瀬は殺されると思うよ」
……相手の方が一枚 上手だった。
それから、私たちは元の浅くて穏やかな関係に戻った。
同時に、光梨への特別な感情が日に日に大きくなっていった。体内に風船を埋め込まれた気分だった。光梨への好意が気体となって、限られた容積を満たしていく。日々追加される分量に加えて、のんちゃんへの嫉妬の炎が更に気体を、そして風船を膨張させた。