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希と私が同居しているアパートに到着した。
人里離れた場所に建つ二階建てそれは、どの部屋からも明かりが漏れることはなく、模型やハリボテか何かと錯覚した。
階段付近に足場を照らす電球が一つ。光には虫が群がり、影がちらちらと動いて見える。
「希はいなくなってないよね」
自らに言い聞かせて、一段また一段と階段を上っていく。緊張で足がもつれそうになる。
廊下を突き当りまで進み、私たちの部屋の前まで来た。ポケットの中の鍵を取り出す前に、ひとつやることがある。
扉の横に備え付けてあるメーターボックスの扉の取手を掴む。錆びているせいでミシミシと音が鳴り力も余分に必要だったけど、何とか開けることができた。
暗闇の中目を凝らし、目的の物を探し出す。変な虫が住み着いていそうで少し怖い。
「この白い箱はガスメーター。これじゃなくて……あった」
クーラーボックスのような直方体の箱の中にあるハンドルを九十度回し、再び元に戻す。
これで私が永遠へと至る速度が飛躍的に向上する。
人は水だけで数週間は生き延びられるが、水がない場合は数日で死に至るらしい。
玄関のドアは鍵が閉まっていなかった。
「ただいま」
返事はない。部屋は暗闇に包まれていて、先が見えない。
私は振り返り、まずは備え付けの錠を手でひねってかける。そしてその上方にある、後からつけた両側に鍵穴があるタイプの錠に、ポケットから取り出した鍵を差し込んで回す。
同居生活の中で初めて自分で回した。造りが特殊だからだろうか、普通のよりも重く感じた。ロックのかかる音が低く頭に響いた。
「希、いる?」
部屋は昨日の惨劇からそのまま、床には衣服や家具、食材などあらゆるものが散乱しているのが気配でわかった。
あえて電気はつけず、躊躇なく部屋を縦断する。何かを踏みつけた感触や鳴音は気にしない。遠目ではなく、じっくりと彼女の存在を確かめたかった。
たしか最後に希を見たのは部屋の一番奥で、壁にもたれ掛かって横になっていたはず。
「いた」
希はいた。朝と変わらず人形のように力なく横たわっていた。
すぐそばの窓から入ってくるわずかな自然光が彼女を薄く照らしていた。
しゃがみこんで間近でよく見ると、希は制服の上から白い布のようなものをぎゅっと抱きしめていた。
「ひと、み?」
「ただいま」
希は一度合わせた目を逸らして、私との会話を拒む。だから一方的に話しかける。
「ごめんね勝手に出かけちゃって。もうしないから。ね?だからこれからもまた一緒に暮らそうね。ね?」
「……して」
「希の気に入らないことや嫌なことがあったら、また私を使って。希のためだったら何だってするから」
「もう、殺して」
彼女が胸に抱いていたのは白いワンピースだった。多分、妹のものだ。
力ない声とは裏腹に、その手に更に力を入れて握りこぶしを作っていた。
「こんな私は生きてちゃダメ」
「どうして?」
「私と一緒にいたら、みんな不幸になる」
私に暴力を振るったことを言っているのだろう。
暴力を振るわれても不幸を感じない私はズレているし、わざわざ「殺して」と極端なことを言う希もズレている。
「わかった。どうやって殺したらいい?」
「……ぐすっ、うぅ」
具体的なプランは浮かんでなくて、ただ気持ちが先走って言ってしまったらしい。
だけど私は違う。
自分の愛する人が死にたいと言う。自分が嫌いな自分は死んでもいいかなとずっと思っている。
だったらやることは一つ。
「一緒に死のう、希」
窓を開け、防護柵の間から、手に持っていた二つの鍵を外へ放り投げた。
夜に吸い込まれたそれはすぐに見えなくなり、地面に当たった音も聞こえてこなかった。
私の奇行を見て希が起き上がる。
垂れてきたくすんだ黒髪の間からハイライトの薄くなった目が覗く。
「何をしたの?」
「玄関の鍵をかけて、その鍵を外に投げたの」
「そんな」
これで私たちはもう外に出ることが出来ない。
今はただ驚いているようだけど、冷静になった後も別に怒らないでほしいな、希。




