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 夕食が済みテーブルで縮こまって座っていると、彩瀬の母が声をかけた。


「ねえ瞳ちゃん。彩瀬と仲良くしてくれてありがとうね」


 彩瀬の父は黙ったまま首を縦に振った。母の意見に肯定の意思を表す。弟は彩瀬の方を見て、彩瀬は照れくさいのか、私と目が合わないよう反対側に顔を向けて頬杖をついた。


「こちらこそ、彩瀬にはいつも助けてもらっていて」

「ところで、瞳ちゃん」


 母は満足そうに笑みを浮かべた。その後、まるでカウンセラーがクライアントをなだめるように優しくも堂々とした雰囲気に変わった。


「私がどうこう言う立場ではないけれど、もっと自分を大切になさい」

「え」


 父と弟は席を立ち、それぞれの部屋へ姿を消した。去り際、父が母に「よろしく」と伝えたのが耳に入った。


「暴力を振るう男とは付き合わない方がいいよ」


 前に彩瀬本人からもにも言われたことがある。一般的で公正で尤もな言葉。


「希は愛情表現が分からないだけなんです。あのまま放ってはおけない」

「そうじゃないでしょ。瞳は希さんに酷いことをされても構わないと思ってる。むしろそれを望んでいるんじゃない?」


 取り繕った言い訳を彩瀬に見透かされ、一刀両断された。


 彩瀬は呆れたような、だけど悲しそうな顔をしている。私が彩瀬をこんな顔にさせたのはもう何度目か分からない。


「瞳が傷ついたら、私も傷つくよ」

「だけど」

「だけど?希さんのどこが好きなの?どうしてそこまでして一緒にいたいの?」


 母は私の相手が同性だと判明しても動じず、私を責め立てる彩瀬を静観している。崩れない毅然とした優しさが、自分はどちらの味方でもないよと表わしているみたいに感じた。


「彩瀬、ほどほどに」

「母さんは黙ってて。悪いけどどっかに行ってほしい」


 母は静かに立ち上がり、廊下へと続く扉を開けた。


「これ以上怪我だけはさせちゃダメよ」


 その声に余分な感情の熱は籠っていなかった。どこまでも中立で、おそらく彩瀬が私を傷つけても大きく取り乱すことはないだろう。

 母も姿を消し、だだっ広いダイニングに彩瀬と二人で取り残された。さっきまで温かかった様子は見る影もなくしていた。


「で、どうなの?」


 私は希を、


「好きというよりは、愛してる」

「っ!」


 私の抱く希への想いは、出会った頃から「愛」であることに変わりはない。ひーちゃんになりきっていた頃は家族愛だと思い込んでいたけど、今や鮮烈に、「恋」へと色づいていた。


 家族への愛は永遠で、恋愛は有限だ。家族ならたとえどんな人間でも関係を断ち切ることができない。


 希を愛し、愛されたいと思った私は、「ひーちゃん」になって居場所を手に入れようとした。ちっぽけで惨めで何かがズレている私でも、ひーちゃんになれば希の一番でいられた。それも永遠に。



 考えれば考えるほど、私は希に惹かれていたという事実が露わになる。


 そして未だに「瞳」として希に受け入れられる自信がないことに気づいた。



 だから希の寂しさや罪悪感につけこむ形でしか彼女に近づくことが出来ない。

希に暴力を振るわれると、私なんかでも希に必要とされていることが実感できた。彼女の慰めの道具になることができて、幸せだと思った。


「希は私のことを必要としてくれる。彩瀬の言う通り、これでいいの」

「よくない!」


 彩瀬は立ち上がり私の胸倉を掴んだ。せっかく貸してくれた彩瀬のシャツの襟が伸びて、思わず私も立ち上がる。


「どうしてそこまで自分を大切にできないの!」

「そんなの」


『私は私のことが嫌いだ。何をやっても、何かズレているような気がして。ただそれだけのことで、漠然と、理由もなく藤原瞳という人生に価値がないように感じて』


 物心ついた時から感じていたこと。自分でも制御できない根底にある価値観。


「そんなの私にだって分からない!気づいたらこうなってた!」


 感情が溢れ、私も彩瀬と同じように叫んでいた。


「私は自分が嫌いで!でも希のことが好きになっちゃって!こんな私でも『ひーちゃん』になれば好きな人のそばにいられた!」


 結局、私は「ひーちゃん」にはなれなかった。それは彩瀬も知っている。


「それで今度は殴られたって平気だって、そう言いたいの?」

「そうだよ!」


 両腕に力を込めて彩瀬を引き離す。しかし力が伝わらず、反対に自分がバランスを崩して後ろ向きで床に転んでしまった。衝撃で全身に痛みが走り、顔をしかめる。


「つっ!」


 無様な私を見下ろしていた彩瀬がしゃがんで、私と視線の高さを合わせる。

 呆れきったと言わんばかりにため息を吐いた。だけど彩瀬は微笑んでいた。


「平気じゃないじゃん。それに、希さんのことどんだけ好きなんだよ」


 呆気にとられた私をよそに、彼女はそっと右手を伸ばし私の頬に触れた。優しく上下に撫でられるたび、彩瀬の手のひらの体温が伝わってくる。


 罪悪感を抱くほどに心に、そして体中にその熱がほとばしる。


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