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―――瞳が彩瀬とキスしそうになっているところを目撃した希は、気持ちを抑えられず瞳を傷つけてしまう。彩瀬に「帰ってこい」と言われ救助された瞳であったが、脳裏には希の姿が浮かんでいた―――



最終章(予定)です!

これからもよろしくお願いいたします。


 彩瀬の自転車の荷台に座り、体をねじって彼女の背中にしがみつく。


「瞳、ちょっとの間だから我慢してて」


 希と過ごしていたアパートから彩瀬の家へ自転車の二人乗りで移動する。

 私のわがままで自宅ではなく、彩瀬の家に連れて行ってもらうよう頼んだ。傷だらけの弱った体を、しばらく連絡も取っていない母に見せたくないと思ったから。


 時間の経過とともに希に殴られた部位の痛みが増していく。傷んだ箇所が多くて体中のあちこちが熱を含んでいた。

 最初は彩瀬の制服を手でつまんでバランスを取っていたけど、出発して数分も経たないうちに握力がなくなり、彼女の腰に手を回してぐったりともたれかかっていた。


「着いたよ」


 自転車が横転するのも構わず、崩れ落ちそうな私の腕を自分の肩に回した。新興の住宅街にある二階建ての一軒家。ガレージには水色の普通車がとまってあった。


「ただいま!お母さん救急セット持ってきて!」

「彩瀬?どうして帰って……まあ!」


 驚きの声の主が彩瀬の母なのだろう。学校をサボり、怪我人を連れてくるという面倒ごとを引っ下げて帰ってきたのに、その声は穏やかさを纏っていた。


「こんにちは、すみません」

「いいから。こっちへいらっしゃい」


 リビングのソファへ誘導され横になる。

 空調の効いた部屋が心地よい。

 深森親子の会話をよそに、私は体の求めるままに眠りに落ちた。



―――



 目が覚めると、窓からの日光ではなく照明の光で部屋が包まれていた。

 見覚えのない天井だったから急いで体を起こそうとしたけど、背中と胸の痛みでそれは叶わなかった。


「ここは?」

「私の家だよ」


 すぐそばからの声と共に、視界に彩瀬の顔が入る。ほんの少し頭が揺れ、柔らかい感触が伝わってきた。

 首を少し上げて確認すると、ソファに座った彩瀬に膝枕をされた状態だった。


「目が覚めた?」


 離れた場所から声が聞こえた。柔和なそれは彩瀬の母のものだ。リビングと一体化したダイニングキッチンにいるようで、料理をする手が止まり、私の様子を見に来た。


「ほんとに、いきなり、すみません」


 自己紹介しなきゃと思ったその時、空腹を知らせる鈍い音が鳴った。甘辛い炒め物の香りが鼻孔をくすぐる。

 彩瀬と彩瀬の母はお互いに見合わせて暖かく笑っていた。仲が良いんだなと思った。


「なんかすみません」

「いいのいいの。それにしても酷い彼氏ね」


 どうやら彩瀬は私に彼氏がいて、DVを受けたという旨の説明をしたらしい。あながち、いやほとんど間違いないか。


「ねえ瞳ちゃん、警察呼んだ方がいいんじゃないの」

「どうする瞳?」


 その目の奥には多分、希の存在が映っている。この質問は偽装にはならなそうだ。


「大丈夫です。何とかします」

「大丈夫じゃない!それに瞳だけで何とかしないで!」


 私をたしなめる彩瀬の視線が痛い。それを察知したのか、彩瀬の母がぽんと手を叩いた。


「ご飯にしましょ瞳ちゃん。せっかくの彩瀬の友達なんだから。ね、彩瀬も?」




 食卓に何品もの料理が並ぶ。私が寝ている間にすっかり日は暮れて夕食の時刻になっていた。

 彩瀬とその母と父と中学生ぐらいの弟と、他人の私。わざわざ弟の部屋から学習椅子を持ってきて、テーブルも普段よりきっと窮屈だろうに。

 しかし、むしろ歓迎されているみたいだった。特に母は嬉しそうに彩瀬に接している。


「彩瀬、瞳ちゃんは大切にしなさいよ」

「はいはい。いただきます」


 それに続いて皆も食事につく。


「瞳ちゃんも」

「え、あ、いただきます」


 どの料理もいつも食べているものと味付けが少し違っていて、ご飯は少し柔らかいし、グラスに注がれた麦茶もなんか違和感がある気がする。だけど決して拒否感はなかった。


 父と弟は無口に食を進めながら時折心配そうな視線をこちらに向ける。過剰に私に話しかけないところが、本来の深森家の日常そのものに私が入り込んでしまったように感じた。


 心が温まる。体の痛みがくすぐったさに替わっていく。

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