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部活動が盛んな学校だから、授業が終わってすぐに下校する生徒はほとんどいない。下校時刻には生徒でごった返す校門前も静まり返っていて、後ろのグラウンドからは運動部の掛け声が聞こえる。
「いつもこの時間に1人で帰るの、寂しかったんだ」
隣を歩く深森さんはご機嫌で、今にもスキップしそうな勢いだ。背負ったリュックサックがわずかに跳ねている。
1日の中でいうと今はまだ昼に区分される時間で、吹き抜ける風も太陽からの熱を含んでいる。暖かな春風が肌に当たると「何かしないと」と急かされているような感じがした。
「どこに行くの?」
「ごめん、決めてなーい」
深森さんは頬をポリポリと掻きながら笑っている。上背があって銀髪刈り上げおかっぱ頭(彼女曰く、明るめのアッシュハイライトツーブロックというらしい。何かの呪文かと思った)が無邪気に笑っているのが何かおかしかった。深森さんのような見た目が奇抜でゾンビみたいな人(曰く、ビジュアル系というらしい)には、もっと無口でクールで冷たいイメージを持っていた。
「私はどこでもいいけど」
「それは困る~」
またニコニコと笑いかける。困らせてしまっては申し訳ない。どこか行き先を提案しよう。
「じゃあ、駅前の……」
指定したのはおひとり様からご家族まで訪れるスマイル0円のファストフード店。私の狭い世界にはおしゃれなコーヒー店やスイーツ店は存在しない。同伴者も今までは家族だけだった。だけど記念すべきことに、今日はそこに同級生が加わる。世界が広がることは多分いいことだ。
「いいね!それじゃ出発しんこー!」
「……ありがと」
「何か言った?」
「ううん」
―――
窓際の2人用のテーブルを確保する。店内を見渡すと、私たちと同じ学生で賑わっていた。平日の学校帰りの時間に来るのは初めてで、お店に来たこと自体久しぶりだったことも合わさって、まるで別世界だった。それぞれ皆笑顔で、世界平和ってこんな感じなのかなと思ったりした。時折、各テーブルで笑い声が爆発する。痛くなるのは耳だけだった。
「席取りありがと」
「ん」
トレイを両手で持った深森さんが私のもとに来る。深森さんが通った場所に一瞬の静寂が訪れる。彼女の派手な髪色が視線を集めたせいだろう。
もしかしたら高校のクラスでも、入学直後は彼女は異端なモノとして見られたのかもしれない。
深森さんが着席すると、私への視線もいくつか感じた。対照的な見た目のペアを見て彼らは何を思ったのだろう。すぐに注目はなくなって、店内は元の世界に戻った。
「いただきます」
「え、あ、いただき、ます」
見た目に反して深森さんは礼儀もよかった。つられて私も食前の挨拶を行う。今日だけで「人は見た目によらない」ということを存分に味わった。
「深森さんはどうして」
「瞳、ストップ」
向かいの席に座る主は、口に含んだ分のドリンクを慌てて飲み込んでまで、私の言葉を遮った。
「『深森さん』じゃなくて、『彩瀬』でよろしく。いろどりの彩に、瀬戸内海の瀬ね」
「彩瀬さんは」
「あ・や・せ!」
ふんすと息を鳴らした。呼び捨ては彼女にとって譲れないポイントらしい。
彼女の言う通り、彩瀬と呼んだら、きっと私たちは友達になって、後戻りできなくなる。……デジャヴだ。1週間前の「のんちゃん」のことを思い出した。
高校に入って、少しずつ私が私じゃなくなっていく。ワクワクするのと一緒に、不安と恐怖が襲い来る。私なんかが人とうまくやっていけるか分からなくて、怖い。
「…………ねえ彩瀬」
「うんうん!」
おそらく私の友達になった女の子は満足そうに笑って頷いていた。
「彩瀬の、私の呼び方なんだけど」
その笑顔が眩しい。真っ暗な私には眩しすぎた。
「『ひーちゃん』って呼んでくれないかな」
あの日、のんちゃんからもらった『ひーちゃん』という居場所が心地よくて、他の人の前でも『ひーちゃん』で居たいと思った。
「ひーちゃんかぁ。私は瞳って呼びたい。瞳じゃだめなの?」
断るのに何か理由があるのだろうか
「どうして?」
「私の中学の友達で『ひーちゃん』っていう子がいたんだけど、その子、最近亡くなったんだ。だから思い出しちゃうの」
のんちゃんから見たら、私と彩瀬そして亡くなったひーちゃんは年下。
「そのひーちゃんの苗字って、もしかして白木院?」
「よく知ってるね。そういえばニュースにもなってたっけ。2月のあの電車の、光梨ちゃん」
彩瀬の表情がわずかに曇る。一方の私は、ひーちゃんのことを知ればもう一度のんちゃんに会える、そんな気がして、その手がかりを見つけて高揚する。
「やっぱり、瞳って呼んでいいよ!だけど」
「だけど?」
「……光梨さんについて知ってることを全部教えてほしい」
「えっ」
私の特技は人から怪しまれることだ。さっきまで言ってたことを引っ込めて相手を混乱させてしまう。だけどなりふり構っていられない。今回は罪悪感を押し殺す。
テーブルに乗せた自分の手に力が入り、目がカッと開いているのが分かった。できたばかりの友達はびっくりしてる。だけど友達に友達を紹介するのは普通でしょ。教えてよ。ねえ、彩瀬!!
「ひーちゃんの身長は?顔つきは?どんな性格?何が好き?何が嫌い?……家族にはどう接してた?どんなことでもいいから!」