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食事と掃除を終え、お出かけのための身支度をする。ボタンのない五分丈の黒いブラウスに黒のワイドパンツ。薄く化粧をして、髪をひとまとめにする。
今日の目的は光梨の墓参り。彼女が亡くなってからはもう両の手では数えられないぐらいの年月が過ぎていた。
「希はまだ『それ』で行くの?」
彼女が身に着けているのは、ノースリーブの真っ白なワンピース。裾にレースがあしらわれ、綺麗と言うよりはかわいい印象を受ける。何しろ、十代の若者向けにお手頃価格で売られていたもので、成人してから何年もたつ女性が着るには抵抗を感じてしまう。
それでも希にかかれば全く問題なくて、黒のリボンが巻かれた麦わらのストローハットを組み合わせると、まるでドラマや映画に出てくるような妖艶な女性を演出していた。
「光梨のだからね。いけるところまで」
かつて中学生の女の子の物だったそれは、経年劣化に対して幾度となく修繕された。針と糸を通したりアイロンをかけたり、後は漂白剤で脱色もした。近くで見ると大分くたびれているのが見て取れる。
「希がいいんだったら、いいや」
「ん」
マンションの外に出ると灼熱の太陽が燦々(さんさん)と降り注いでいた。屋外にある駐車場まで行くほんの少しの間にも汗が滲む。この時に限っては光を反射する希の格好を羨ましい。
「それじゃ、運転よろしくね!」
「はいはい」
二人で買ったコンパクトカーに乗り込む。パステルピンクの見た目とは裏腹に、車内は身の危険を感じるほどに熱気で満ちていた。それでも希が熱がったり汗が出る様子はなかった。
市街地にある自宅から車を走らせること四十分。切り開かれた山間部の郊外にある光梨の眠っている墓園に到着した。空調の効いた車から降りると再び夏の外気に押しつぶされる。雲一つない青空が、標高のせいか普段よりも近く感じる。
墓園を作った人はこの感覚を味わうことも見越して土地を選んだのだろうか。
私がまだ一人だった頃、晴天というのは気持ちの良いものではなかった。どこまでも広がる青に私の心の隅から隅まで見透かされ、ちっぽけな自分が更に情けなく感じた。
青空が気持ちいいと感じるのは、青空の下で気持ちのいい経験をした人だけだと屈折した思いを抱き、肌で感じる本能から目を背けていた。
希が墓園に隣接された花屋から仏花を買ってくる間に、水を入れたバケツと柄杓を手に、光梨のもとへ向かう。
まるで集合住宅のようにひとつひとつ升目に区切られていて、住み心地は良いのだろうかと思いを巡らせる。墓園のすぐ外は山の斜面になっていて、市街地やその更に向こうの海まで目に入るほど見晴らしがいい。遠く向こうに見える海面はきらびやかに光を発していた。
それを眺めると、結局良いも悪いも人それぞれだと事も無い結論が出た。
視線を戻して辺りを見回すと、主に家族連れの人々がそれぞれの墓前で故人を見舞っていた。
私の二つ隣にも四人家族が訪れていて、父親と大きい方の男の子が墓周りの掃除をしている。墓の前の通路では小学生にはまだなっていなさそうな男の子が、日傘を差した母親にもたれ掛かってぐったりしていた。
子どもの頃は故人を悼むことに意味はあるのかとうんざりしていた。
だけど今は違くて、光梨のことを想い、その存在を忘れないことや、今の自分の状況を伝えることに言い表せぬ情緒を感じる。
「おまたせ」
白と黄色で彩られた花束をふたつ持って希がやって来た。
「向日葵だったらもっと似合うかも」
「どうかした?」
「ううん、なんでも」
あらかたの清掃や仏花の入れ替えを終えて、線香を立てる。炎天下での作業で汗が滴るけど不快を感じることはない。
まずは希から合掌を行う。それから私。
ひーちゃん、光梨さん。どうか安らかにお眠りください。
あなたの死後、私はあなたの存在を利用して自分の居場所を作りました。本当にごめんなさい。そしてありがとう。
今も希と一緒にいて普通に社会人をしています。次はきっといい報告をします……また今度。
空を仰ぐと、どこまでも青が広がっていた。希の手を握る。二人でならきっと何にでも立ち向かえる。
「もういいの?」
「うん。希、帰ろっか」




