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藤原瞳…主人公。
白木院希…のんちゃん。
深森彩瀬…女の子が好き。
白木院光梨…ひーちゃん。希の実の妹。事故で亡くなった。
新章です!
これからもよろしくお願いいたします。
ピピピと同じ高さの機械音が三度鳴って、一拍置いてまた三度鳴る。
人を起こすには弱々しいアラーム音で目を覚ます。数あるメロディーの中からこれを選んだのは、隣で寝ている彼女を起こさないようにするため。
現に私の左腕をぎゅっと抱くようにして眠っている彼女が起きる気配はない。引きはがすために慎重に腕を動かすと、彼女の胸の感触が緩やかに伝わってきて名残惜しさを感じた。彼女の肌は滑らかでシミのひとつもない。唯一の弱点はその未発達さだったけど、ここ最近それもなくなりつつあった。
ようやく抜け出して、彼女にシーツをかけ直す。その純白が彼女をより神秘的な物に飾り立てた。
「希おはよ」
相手に伝えるというよりも自分に朝のスイッチを入れるために呟く。数十分後にはもう一度同じフレーズを使って、今度は返事がくるだろう。
最低限の着替えをしてキッチンへ向かう。
音を立てないようにゆっくりと冷蔵庫を開けて中の物を確認する。結局火を扱うと騒がしい音を立てることになるけど、少しでも長く彼女に快適を与えたくて、そうする。
料理をするのはずっと変わらず私の役割だ。
毎朝希よりも早くに起きて二人分の朝食と、仕事がある日はお弁当も一緒に作る。
「今日は作らなくていいや」
さっきと同じように気をつけて冷蔵庫のドアを閉める。
昨日から私たちはお盆休み。リビングにあるカラフルな掛け時計を見ると、普段ならちょうど仕事が始まる時刻を指していた。
休暇の初日は家から一歩も出なかった。今日は午前中に二人で用事がある。そのまま昼は外で食べるだろうから、朝は出来合いのもので済ませることにした。
社会人になると、学生時代とは比較にならないほどの自由を手に入れた。一年遅れで私が就職したタイミングで、二人でマンションの一室を借りた。
寝る部屋とリビングが別であって、玄関はオートロック。あのアパートからは随分遠いところに来た。地理的にも精神的にも。
程なくして同居人も目を覚ましリビングにやってきた。
さっき私が被せたシーツに身を包み、寝惚け眼を擦っている。
「希おはよう」
「瞳あうあー、ふがふが」
返事に欠伸が交ざる。
希は柔らかくなった。身体のことはさておき、雰囲気とか言葉使いとか、行動とか。
出会った頃は喜怒哀楽のメーターがゼロか百しかなくて、その上制御も難しく、お互いに持て余して傷つけ合ったりもした。希の生い立ちを知ると仕方ないなと思ったし、そんな彼女と幸せを掴みたいと思ったけど。
今にして思うと、希は私に甘える時も無理をしていたのかもしれない。ネコのような声を上げて体当たりするのは、される側だけでなくする方も消耗する。
もしゃもしゃとヨーグルトに浸したコーンフレークを口に運ぶ。
テーブルで向い合わせに座る希は、夏でもホットミルクティーをちびちびと飲んでいる。彼女が寒がりなのは変わらない。ふっと口から息が漏れた。
「出発は何時にする?」
「これから部屋の掃除をしてだから、十時過ぎぐらいかな。お昼は何か食べたいものある?」
「瞳のご飯がいいかなあ。ダメ?」
マグカップを両手に持って上目遣いで訴えてくる。包まったシーツの隙間が、彼女の心意気を視覚的に後押ししていた。
思わず口が半開きのまま見とれてしまう。口周りの神経が口内から液体が零れ落ちそうなことを察知してようやく我に返る。希は軽く首を傾げていた。
「しょうがないなあ」
「やった」
彼女は目を細めて、カップを握る手に少しだけぎゅっと力が加わった。
昔と違って、小さな声と少しの表情の変化で喜びを表す。でも自然体な今の方が気持ち的には嬉しいなと思った。




