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「ごめんね、今日は学校休むよ」
「終業式だよ」
「そうだっけ」
痛みと暑さで頭が回らない。
傷だらけ痣だらけ、おまけに破られた衣服を身に着けている私を見ても、彩瀬は動じることなく私の隣に腰を下ろし両膝を抱えて地面に座った。
「希さんにやられたの?」
「まぁね」
「ホントに一緒に住んでたんだ」
「『ひーちゃん』には成れなかったけどね」
「いいんじゃない?でもさ、好きな子に暴力を振るう人とは一緒にいてほしくないな」
「希には私しかいないから」
そう言いながら、この前彩瀬から「私には瞳しかいない」と言われたことを思い出した。案外とモテるじゃん私。
案の定彩瀬は顔を曇らせる。そして私と目を合わせず、組んだ両腕に顔の下半分を埋めた。
「希さんは多分、光梨にも暴力を振るってた」
「多分?」
「憶測だけどね。光梨は自分に友達がいることを希さんに知られたら、その友達が殺されるかもって言ってた」
「彩瀬が生きてるってことは、光梨さんとの付き合いはバレなかったんだ」
「そう。でも光梨は死んだ」
冗談かと思って軽い気持ちで答えたら、彩瀬ははっきりと「死んだ」と言い切った。
希はひーちゃんに友達はいらないと言って、ひーちゃん自身に体罰を与えていた。この場合のひーちゃんは私のことだけど、本物のひーちゃんにも同様だったのだろうか
「希が光梨を殺したみたいになってるじゃん。光梨さんは電車の事故だったんでしょ」
「私のせいだ。私が光梨にあげたネックレスを希さんが見つけて、光梨を追い詰めて、それで」
「自殺した?」
彩瀬は更に顔を埋めて肯定の意思を表した。
確かに希は暴力を振るうけど、判断材料が少ない。
「光梨さんに暴力を受けた跡はあったの?」
顔を上げずに横に振った。ツーブロックのかぶさる部分の髪がふわりと揺れる。
「普段は見当たらなかった」
「なんだ」
「だけど!亡くなった当日、ネックレスの代わりに首を絞められたような跡があった、気がする」
言葉が尻すぼみになる。そこから察するに彼女に確証はないみたいだった。ただ私の状態を目の当たりにすると、希が光梨を支配していた可能性は高い。
どちらにせよ本人に聞かないと確かめようがない。
「今から確かめてくるよ。彩瀬は先に学校に行って」
彩瀬の纏う雰囲気が変わった。亡くなった光梨を思い出そうとして悩ましげだったのが、すっと息を吸って私に感情をぶつけるためのエネルギーを充填する。
「バカじゃないの!もうあの女の所には行かないで!」
切り裂く様な叫び。
彩瀬は私の姿を見た時からずっと怒っていた。でもそれを堪えて、希のことが好きな私に気を使いながら説得しようとしていた。……バカ。
「すぐに瞳の家に帰ろう。もし瞳のお母さんと仲が悪くて、本当に居心地が悪いんだったら私の家に来て。だからお願い」
ひざ立ちになった彩瀬が私を見下ろす。だけど前の時と違って、追い詰める形ではなくゆっくりと体ごと傾けてきた。
彩瀬は私にもたれ掛かるように、だけど決して圧力をかけないよう正面から私を抱きしめた。
まるでシルクのシーツに包まれているようだった。彩瀬の温かな香りがする。鼻をすすり、声は震えている。
「帰ってこい、瞳」
堪えきれなくなって彩瀬が声を上げて泣く。それにつられて私の目頭も熱くなる。
まるで行方不明になったペットと再会した飼い主のように、彩瀬は私を抱きしめ何度も何度も頭を撫でた。緊張の糸が切れた私は、頬を伝って流れていく自分の涙を止めることが出来ない。
「ひーちゃん」になりたかった私はもういない。今更、本当に都合のいいけれど、どうか私にも光梨の死を悼ませてほしい。
ふと、ほったらかしにしている希が脳裏に浮かぶ。
彼女を偲ぶのはもう少し先になりそうだ。
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