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 白木院しらきいんさん、もとい「のんちゃん」の妹になって1週間。あれから毎日お花見部の部室に通っているけど、のんちゃんは一度も姿を現さなかった。それどころか、誰も部室に来なかった。せっかくの和室なのに有効活用されてないなと思いながら、一人で活動を行った。内容は昼寝と読書。


 あの日ものんちゃんは目が覚めてからは「藤原さん、見苦しい所を見せてごめんね」と我に返ったようで、それっきり。


 もうすぐ6月になってしまう。5月が終わり季節が春から夏に変わると、もうのんちゃんに会えなくなる、そんな気がした。

 のんちゃんに愛され、求められた感覚が忘れられない。そろそろ一人で2年の教室まで向かおうかと思っていた。今日も授業中に流れる先生の声は雑音として処理された。



―――



「あの……藤原さん」


 放課後。なけなしの勇気を振り絞って椅子から立ち上がろうとした瞬間、話したことのない女の子から声をかけられた。

 そもそも私はクラスメイトと会話したことがなかった。先生だけでなく同級生のしゃべり声も雑音として処理していたらしい。となると、最後に人と話したのは、やっぱりのんちゃんだ。


「何か?」


 少し不機嫌な声色を混ぜて返事をする。見上げると相手の髪の毛は銀色に染まっていた。サイドを刈り上げたショートヘアで背もそこそこ高い。目の前に立たれると威圧感があり、警戒心が増す。

 他人に興味のない私でも流石に見覚えがあった。同じクラスの……名前は知らないけど。


「藤原さんは何部に入ってるの?」

「お花見部」


 早く切り上げようと思って正直に答えた。言ってから、嫌な予感がした。わざわざ部活の話をしにくるのが不可解だ。


「そんな部活があったんだ」

「……」


 のんちゃん以外に部員はいらない。

 返答に困っていると、相手は前の席に座り私と目線の高さを合わせる。見た目に反して物腰が柔らかい。からかうような感じじゃなくて、温和な笑みを浮かべる。


「藤原さん、私の名前わかる?」

「ごめん。知らない」

深森彩瀬みもりあやせ。よかったら仲良くしてよ」

「私と?」


 深森さんは「うんうん」と首を縦に振る。私が彼女の名前を知らなかったことに対して驚きも怒りもしなかった。

 出会った人の全員と仲良くなりたい系の女子なんだろうか。

 

「実は私まだ部活を決めてなくて」

「そうなん、ですね」


 緊張で声が小さくなっていく。多分最後の「ね」はほとんど発声してない。


「友達もいなくて」

「へぇ」


 温和な笑みに照れくささが混じっている。人を見る目がないというべきか、予想に反して彼女は一匹狼タイプらしい。だけど群れないはずの狼が私と仲良くなりたいなんて意外だ。


「ところで今日はお花見部はないの?」


 あると言ったら部室までついてきそうだから、なんとか深森さんをお花見部から遠ざけられないかと頭を働かせる。


「最近は行っても楽しくないから行ってない」


 しどろもどろで吐き出す。途中までは本音も混じっていた。


「もうサボり?やるねぇ」

「最初に行った日は、先輩が良くしてくれたんだけど」

「ほうほう」

「次の日からは、えーっと」


 言い淀んでいると、深森さんは何かを察したような顔をした。


「他に1年生はいないの?」


 こくりと頷いて肯定する。すると彼女は半分立ち上がって腕を伸ばし、私の両手を取った。ぐいっと引き寄せられ、彼女の顔が近づいてくる。


「先輩が厳しいんだ。大変だったね。じゃあ今日もサボって、私とデートしようよ……ひとみ


 両手を通じて深森さんの体温が伝わってくる。嫌な感じはしなかった。同時に、嘘をついた私を嫌に感じた。

 彼女の体温を分けてもらったから、私も深森さんに何かしなきゃいけない。


 そうして生まれて初めてのデートに行くことになった。

 温かくなったのは両手だけではなかったのかもしれない。


……部室に来ないのんちゃんが悪いんだ。


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