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「ひーちゃん、さっきはごめん」
時間にして三十分も経ってない。泣き止んだのんちゃんはパニックになる様子はなく静かに浴室から出てきた。
雨は止み、空は夕日と夜空のグラデーションがかかっていた。窓の外から視線を移し、声があった方へ振り向く。
のんちゃんは私と色違いで買った薄手のルームウェアを着ていた。のんちゃんが水色で私がピンク。のんちゃんが選んで、私が子どもっぽいねと言ったのを覚えている。
のんちゃんの顔は紅く染まっていた。泣きはらした目だけなく、頬や耳の先もほんのり色づいている。
「私こそ!その、ごめんねのんちゃん。いきなりでびっくりしたよね。本当にごめん。だから、ね?私のことは嫌いにならないで。何でもするし、するなって言われたらしないし」
「ひーちゃん違くて」
「これからものんちゃんの理想のひーちゃんでいるからさ。私はのんちゃんが好きだよ。大好きだよ。大好き過ぎてちょっと抱きしめたかっただけで、下心とかなくて」
「下心とか普通はないよね。ごめんね……」
「ん?そうそう。女同士の姉妹なんだからさ、『そういうの』はナシにして、また仲良くやっていこうよ。のんちゃんの好きな服を着て、好きなご飯を一緒に食べて、一緒に住んで、それで今度お出かけとかどうかな。夏休みにどこかへ行こうよ。お金がなくても行ける場所。海とか気持ちいいかも。日焼けには注意だよね。のんちゃんは私よりも色白だからシミにならないように。って妹だから体質は一緒かな。水着を買うお金はある?いや、のんちゃんの水着が見たいとかってそういうわけじゃなくて、そうかもしれないけど、だとしてもさ、夏を楽しみたいな。のんちゃんがよければさ、お花見部で」
のんちゃんが私を「好きになってしまう」と言ったあの日、私はある設定を追加した。ひーちゃんが藤原瞳でいる間、つまりお花見部そのものの記憶がないという設定。
それは私は瞳じゃなくてひーちゃんなんだと自分に暗示をかけるためのものだったけど、そんなハリボテはちょっと会話に焦っただけで簡単に破綻した。
瞳がひーちゃんを侵食する。
お花見部という居場所が案外と気に入っていた。普段とは違う外向きのクールなのんちゃんは見ていて面白いし、彩瀬がいてくれるから空気も和やかだった。ひーちゃんが瞳に戻る一日の中でわずかな時間だった。
「お花見部じゃなくて、コホン、二人でどこかへ行こう」
「瞳」
好きな人の好きな声が針となって私の耳を突き刺した。
「ひーちゃんでいてくれてありがとう」
「……何言ってるの」
今日の夕方に見た入道雲を思い出した。夕日に照らされ黄金に輝いていたそれは、速やかに灰色に染まり雨粒になった。
のんちゃんの一言一言が、私の耳に刺さった避雷針に落ちる雷のようだった。
「最後のわがままを聞いて、ひーちゃん」
「……」
「私はひーちゃんでいようとしてくれる瞳に甘えてた」
「……」
「私は幸せになる資格がない。これ以上一緒にいると、瞳、あなたを傷つけてしまう」
「……」
「だから今日で最後。明日からは瞳として生きてほし」
「いいよ」
希の泣きそうな顔に驚きの表情が加わった。
私があまりにも即座に要求を受け入れ、聞き訳がよかったからだろう。
「母と連絡がついたら、荷物をまとめて出ていくね」
「そんなあっさり……」
以前、私は希にこう告げた。
『私はどんなのんちゃんに何をされても絶対に離れない。だから……ずっと私だけを見ていて』
だから、今更何を言われたって、私は「ひーちゃん」としてのんちゃんのそばにいる。姉妹ごっこを永遠に続けてやる。
付け加えると、白木院光梨との間であった「何か」もまだ教えてもらっていない。うん。




