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「お姉ちゃんじゃない。『のんちゃん』って呼んで」
ようやく白木院さんは空想の「ひーちゃん」ではなく私に話しかけた。充血した両目をカッと開いて、私の次の言葉を待っている。
多分、言ったら後戻りできなくなる。逃げるなら今のうちだと直感で分かる。だけど、ワクワクする。この人の前だと私が私じゃなくていいんだ。私は生まれ変わることができる。愛してくれるなら私か「ひーちゃん」かなんてどうでもいい。
「私も大好きだよ、……のんちゃん」
またビンタされるのは嫌だなと思いながら白木院さんを窺う。口が半開きになり強張った表情から一瞬にして穏やかなものとなる。目に涙を浮かべていることを確認したのと同時に、彼女は私に抱き着き、押し倒した。畳張りのおかげで痛みはなかった。
「ひーちゃん、ひーちゃん、ひーちゃんっ!」
彼女は、のんちゃんは私の胸に顔をうずめて何度も私の名前を呼ぶ。絹のような細くて、だけど少し傷んだ長い黒髪を何度も撫でた。
「生きててくれたんだね、ひーちゃん。よかった、よかったぁ、グスッ。もう離さないから」
のんちゃんは嗚咽交じりに声を出す。その言葉通り、全体重を私に預けて起き上がれないよう固定し、顔を私の胸に擦りつけている。
「愛してるよ、ひーちゃん」
無償の愛がこんなにも心地いいなんて。
無責任に愛されるのがこんなに楽だなんて。
気づけばわたしは泣いていた。違った。ひーちゃんは泣いていた。のんちゃんの愛の対象が×××ではなく、ひーちゃんだということに寂しさや虚しさを感じ……ないように、私はひーちゃんで、嬉しくて泣いている。
「安心してね、のんちゃん」
緊張の糸が切れたのんちゃんは、すやすやと寝息を立てていた。




