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 押入れのふすまを開けると、上の段には例によって飾り気のない真っ白な布団が二人分、ひっそりと息を潜めていた。下段は乳白色のプラスチックの収納ケースがいくつか重なっていて、中は見えなかった。


「ひーちゃん、手伝うよ?」

「私にやらせて、のんちゃん」


 妹として、ひーちゃんとして率先して家事をしたい。光梨ひかりの生前は二人でどんな生活をしていたのだろう。

 ただ、のんちゃんの甘え具合と、自分の生活への無頓着さを考えると、多分ひーちゃんが家事全般を行っていた。そういう風に予想する。


「家事は私がよくやってたでしょ」

「覚えてたんだ」


 やっぱり、そうだ。二人分の敷布団と掛布団、それから枕を重なったまま一気に引きずり出し、ボスンと一度床に下ろす。


「……どの向きだったっけ」

「え、ズコ~~」


 出すだけ出して分からなくなってしまった。のんちゃんが笑顔交じりの柔らかなツッコミとともに畳に伏せていく。


 人を混乱させるのはわたしの特技だ。やると言ったのに、最後まで出来ず、人に手間をかけさせてしまう。母の口癖は、「もういいから私がやる」だった。


 だけどのんちゃんは私を責めずに、布団の場所と向きを教えてくれた。ついでに一緒に布団を運び、目が合うと無邪気な笑みが返ってきた。乾いた心が愛で満ちていく。

 所定の位置に運んで一息つくと、隣に立つのんちゃんが口を開いた。


「一緒に寝るの、久しぶりだね」

「うん」

「この布団で寝るのも久しぶり」

「うん?」


 そういえば、押し入れにはそれぞれの種類の布団が二つずつ重なった状態で収まっていた。それも、旅館にチェックインしたときのように四辺がぴったりと重なって。


「のんちゃん、昨日まで別の布団を使ってたの?」

「ひーちゃんがいなくなってから夜は中々寝られなかったの。布団は使ってない。そのまま横になってた」

「……ごめんね」


 ひーちゃんのつもりでいる私は、のんちゃんの生活が崩壊していたことに責任を感じてしまう。高校に通う分の衣服は揃っていたけど、食事は粗末なものだったし、1人で居た時間のことを「覚えてない」と言っていた。衣食住が半分しか成り立っていなかったんだ。


「これからは私がいるから」

「むにゃ!」


 のんちゃんと抱き合うのは、もう何度目か分からない。


 いまだに光梨と瞳の二つの人格が混在していて、言い表せない焦燥と罪悪感が頭を締め付ける。のんちゃんと触れ合う瞬間、瞳を捨てて光梨になるための心の準備に追われている。いつかもっと自然体でのんちゃんと一緒にいたい。

 それはつまり、瞳という人間をこの世から消し去ることで、ずっと私が望んでいたことでもある。


 安置されていた布団が数か月ぶりにその役割を果たす。抱き合ったまま倒れる二人分の衝撃を吸収して包み込んだ。


「あ、ひーちゃん。一緒の布団で寝るから、片っ方だけでよかったかも」

「そうなの?ずっとそうしてた?」

「……たまにだったけど。今日はダメ?」


 のんちゃんからおねだりをされて、断るわけがない。ひーちゃんとして穏やかに受け入れる。


「いいよ。こっち来て」


 先に掛布団に入って、それを捲ってのんちゃんを迎え入れる。のんちゃんは素早く立ち上がって部屋の電気を消し、私の懐へ飛び込んできた。

 衝撃に伴う痛みが感じられない。不養生でやせ細った彼女の体故なのか、彼女への愛故なのか。……両方かな。


「ねむねむ」

「ねむねむ」


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