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お飾りの妻が愛する夫のために全力を尽くした結果  作者: すずしろ たえ


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ジュディ視点11

 まさか断られるとは思ってもみなかったのだろう。

 私の横で、全身を小刻みに震わせているのは、絶望ではなく怒りのためか。


「どこがお気に召しませんでしたでしょうか。奥方さまの装いに、一番相応しいと思われる物を取り寄せたのですが」


「目の付け所は悪くないわ。でもね、似たような品をわたくしは既に持っているの」


 同じようなアクセサリーばかりでは、面白みがないでしょう? ……夫人はつまらなそうにそう付け加えた。


「けれど、前回よりは不快にならなかったわ。やみくもに商品を持ってきたわけでないことだけは、充分に伝わってよ」


「もちろんですとも。奥方さまにお似合いの品を、厳選してまいりましたから」


「でもねぇ、違うのよ。これじゃないの」


 慳貪(けんどん)な物言いに、ザカリーは顔を真っ赤にして黙り込んだ。こめかみと手の甲には血管が浮かび上がっている。

 夫人の言い様に、相当激怒しているようだ。


「で、では一体、どのような物をお求めで?」


「それは以前も言ったでしょう? じっくりと観察して、わたくしが求めている物を探りなさいと…………ねぇ、あなた、ジュディと言ったかしら。あなたにはわかるかしら?」


 夫人は目を細めながら、そう問うた。クッと上がった口角と挑むような口振りに、緊張が走る。

 チラリとザカリーを見ると、彼は私に馬鹿にしたような目を向けていた。

 助けてくれるなんて甘い考えは(はな)から持っていない。けれど仮にも商会の会頭ともあろう人物が、取っていい態度ではないはずだ。

 下腹にグッと力を込めて、ゆっくりと口を開いた。


「奥方さまのお望みの商品を、すぐにご用意することは難しいかと……」


「ジュディ! お前はなんてことを言うのだ!」


 聞きようによっては、キャンプス商会には夫人を満足させる品がないとも取れる発言に、ザカリーは場所も忘れて激高した。しかし「あなたは黙っていて」と制した夫人は、改めて私に向き直った。


「なぜ、用意できないのかしら? 手広く商売をしていると有名なキャンプス商会だけれど、実は噂倒れだったということ? ならば別の商会を贔屓にした方がよさそうね」


「いいえ、そうではありません。それにどの商会を呼ばれても、奥方さまのお気に召す品が手に入ることはないでしょう」


「それは、どういう……?」


「奥方さまは、この世に存在しない品をお求めなのではないかと、推察した次第です」


 そう言い切った直後、室内に沈黙が降りた。

 視界の端で、依然怒りに震えるザカリーが見える。何を馬鹿なことを言っているのだと、怒鳴り散らしたいのを堪えているのだろう。

 しかし夫人はザカリーとは対照的に、さも愉快そうな目で私を見た。


「なぜそんな突飛なことを考えたのかしら?」


「理由はこのお屋敷にあります」


「屋敷?」


「異国の装いを社交界に(もたら)したことで有名な奥方さまですから、お屋敷もさぞかの地の雰囲気が漂っているのかと思っておりました」


 しかし実際はまるで違った。

 設えられた家具や絵画、小物類は全てこの国の伝統色が強い、アンティークばかりだったのだ。

 始めは住まいを移したばかりで、調度品の用意が間に合っていないのかとも考えた。

 けれど夫妻が帰国したのは約一年前。その間、異国風の家具などを揃えられなかったとは考えにくい。

 特に社交界に旋風を巻き起こすほどのセンスを持った夫人が……だ。


「伝統的な調度品と異国風の出で立ちは、あまりにも相反していて、初めはちぐはぐさと軽い違和感を覚えました」


「……そう。それで?」


「どちらが奥方さまの望む形なのだろうと考えて、一つの結論に行き着いたのです」


 恐らくこの屋敷にある家具などは全て、夫妻が納得して置いている物。

 つまり夫人は、この国の伝統的な品を好んでいるということになる。

 けれどよく見ると、アンティークのテーブルにかけられたクロスは異国風の刺繍が施されているし、幾何学模様のカーテンを纏めるタッセルとタッセルキャップは、我が国に古くから伝わる技法が用いられたもの。

 どれも上手に調和させているから、激しい違和感は覚えない。ただし絶妙に合っているかと言われると、それもまた別の話で。


「要するに奥方さまは古い物を古いまま使うのではなく、ご自身がこれまで歩み、育んできたセンスを駆使して、二つを上手く融合させた新しい品をお求めではないか……と考えた次第にございます」


 一息に言い切って夫人を見つめると、彼女は満足そうに微笑んだ。

 まるで薔薇がほころんだような華やかな笑顔は、同じ女である自分ですら一瞬見惚れてしまうくらいに、魅力的なものだった。


「まさか初めて会ったあなたに、わたくしの気持ちを見破られるとはね」


「では」


 夫人はコロコロと楽しげに笑いながら「正解よ」と言った。


「わたくしは長い間、さまざまな国で暮らしていたでしょう? そのせいかしら、帰国後に目にしたこの国のアンティークに、とてつもない魅力を感じてしまったの」


 ほかのどの国にもない独創的なデザインと重厚感は、一目で夫人を虜にしたのだ。

 けれどドレスやアクセサリーに関しては前時代過ぎて、三十半ばの夫人が身に付けるには少々難物すぎた。


「古い物は好きだけれど、こればかりは如何(いかん)ともし難いところね。かといって、少し前に流行していたというドレスは私好みのデザインではないし。だから帰国の挨拶に出向いたときは、仕方なく他国の装いのまま登城したのだけれど」


 これが社交界中の話題を呼ぶとは、彼女自身も予想だにしていなかったそうだ。

 貴婦人たちは夫人の装いをこぞって真似し、おかげでどの仕立屋を呼んでも異国風のドレスばかりを勧められてうんざりしていたのだと、夫人は語った。


「そんな物ならわたくし、いくらでも持っているのだもの。わざわざ仕立てたってしょうがないでしょう?」


 それはアクセサリーも同様で、さまざまな商会が屋敷を訪れては異国風の豪華絢爛な品々を勧めてくるのだが、夫人が真に望んでいる物を持参した者は誰一人いなかったのだという。

 その中にザカリーやレナードも含まれていることは、言うまでもない。


「誰もかれも、異国風であれば無条件で飛びつくと思いすぎなのだわ。だからこちらの好みを一切聞こうともせずに、馬鹿の一つ覚えのように不要な商品を勧めるの。そんなことでは購入しないのも道理だとは思わなくて?」


 辛辣な物言いに、ザカリーは顔を赤くして俯くばかり。

 指摘のあったような売り込み方ばかりしてきたのだろう。


「この国の商人は底が知れていると思っていたけれど、あなたのような人に出会えて本当に嬉しいわ」


「お褒めいただき、光栄にございます。ですが先ほども申しましたとおり、現状でご希望の商品を用意するの難しく……」


 何しろ夫人が求めているのは、この国に存在しないものだ。

 今すぐ用意しろと言われても困ってしまう。


「いつなら用意できそうなの?」


「それは……どういった物をお求めかにもよるかと」


「ではこうしない? わたくしが求めている物を事細かく説明するから、それを用意することができたら、今後キャンプス商会を贔屓にするわ。もちろんお友だちにも商会のことを宣伝してよ?」


 社交界中の耳目を集める夫人である。

 彼女が宣伝してくれれば、貴婦人たちも右に倣えでキャンプス商会を利用することだろう。そうすれば売り上げは一気に上がる。ザカリーやレナードの鼻を明かすことができるし、アビーの給金も心配なくなるのだ。

 成功すれば一石二鳥にも三鳥にもなるこの提案に、私はすぐさま飛びついた。


「わかりました。やらせていただきます」


 こうして期せずして、新たな挑戦に挑むことになったのだけれど、これが私とウォルターにとって後々大きな転機となることは、このときはまだ知る(よし)もなかったのである。

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