表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
八嶋鵺子の怪機譚  作者: 胡桃リリス
第一章 鵺子と鵺
2/54

1-1 八嶋鵺子の日常



 十二月二日。

 その日は朝から真冬の気温で、吐いた息が真っ白になるほどだった。

 京都市の今日の気温は、今年一番の寒さになるとニュースで入っていた。伏見区もその影響を逃れられず、私こと、八嶋鵺子は制服の上にコートとマフラーを羽織り、学校へ向けて歩いている。


 両親は一週間前からそろって出張。確か、福岡のあたりだったと思う。一つ下の妹は全寮制の進学校へ行っているので、今の私は一人暮らしだ。最初はそれなりに楽しかったのだが、一週間もするとわくわく感も何もあったものじゃない。少し味気ないし。


「ふわぁ……」


 一応、深夜アニメを気兼ねなく堪能できるので、それが救いか。おかげで、とても眠い。朝起きるのは問題ないけど、授業中眠くなる……。

 家にも欲しいな、二個同時録画可能なビデオデッキ。


「おはよー!」


 後ろから声がかかってきたので振り返ると、蒔苗(まきな)が近づいてきていた。

 肩まで伸ばされた髪と、発している雰囲気がとてもふわふわしている。

 ついでに、性格も大分ふわふわとしている。男子どもに人気があるけれど、本人は特に気になる奴はいないそうで、浮いた話は聞いていない。


「寝むそうだねぇ」

「うん……新作のアニメ始まったから……」

「うわぁ、オタク街道まっしぐらだね」

「アニメ見たくらいで、イコールオタクにはならへんって……」

「オタクはいつの間にかなっているものだよ。鵺子ちゃんも立派なオタクだね!」


 そんなとめどない事を話しながらクラスメイトと登校し、退屈な授業を受け、掃除を適当に切り上げて帰宅し、録画しておいたアニメを見ながら夕飯を取る。

 それが、私の日常だった。




 放課後、部活に入っていない私はさっさと帰宅準備をして教室を出る。今週は掃除当番ではないので、こうして気兼ねなく家路につくことができる。


「鵺子ちゃんも部活入ればいいのに」


 隣で蒔苗がそういうが、入りたい部活がないので答えはノーだ。


「漫研かアニメ部があれば入る」

「文芸部があるよ?」

「部員って蒔苗だけやろ」

「だからだよ。鵺子ちゃんが入れば、好きな風に部活ができるじゃない」

「アンタの方針はどないしたんよ……」

「えへへ、他の部員がいないので今のところ白紙に戻ってまーす」


 笑顔でそういう幼馴染に、私は肩をすくめて見せた。


「とにかく、今は入るつもりないし。昨日時間被って見れんかったのがあるから、それ見るねん!」

「アニメ観賞もいいけど、部活に入って過ごすのも楽しいよー?」

「……」


 確かに、それは一理あるかもしれない。

 アニメなどで、楽しい部活に入って楽しい時間を過ごしている登場人物たちを見るたびに、私もあぁ言う風な学校生活を送りたいと思ったりする。だが、はたして蒔苗と二人でその楽しい部活ができるだろうか。


「大丈夫。先代の中には漫画を描いていた人もいたみたいだし」


 能天気な笑顔でそういうが、生憎と私は漫画の類は描けないし、小説も書いたことすらない。私は見る側専門なのだ。


「私はな、蒔苗……」

「ん?」

「なんていうかな、アニメとかみたいな楽しい学生生活を送りたいとは思っとんねんけどな。アンタと私だけになるやろ。二人だけでできるんか?」

「それは鵺子ちゃん次第だよ~。それに、入るだけでも楽しいよ?」

「入るだけでも、ねぇ…」


 入学の時にいろいろ仮入部で部活を回ってみたけど、ピンとくるものなんてなかったなぁ。


「それに、私は鵺子ちゃんが入ってくれたらうれしいなぁ」

「ん?」

「だって、鵺子ちゃんと一緒に部活できるもん。ね?」


 いや、ねって言われても。

 少しだけ心温かいものを感じながら、しかしこれだけは聞いておこう。


「なぁ蒔苗」

「なぁに? 入ってくれるの?!」

「いや、それってさ……そろそろ生徒会から廃部にするでって、脅されとるからとちゃうやんな?」


 蒔苗は一瞬体を硬直させたが、すぐに笑顔に戻り、


「そんなことないよ」

「今の間が全部物語っとるわ!」


 蒔苗の後頭部をハリセンよろしく右手で叩いた。結構いい音がしたけれど、本気で叩いた訳じゃない。

 幼馴染は頭を抑えて、涙声(嘘泣き)で私を見てきた。


「痛いよ鵺子ちゃん!」

「うるさい! まったくほんまにもぅ……、私もう帰るから!!」

「一人にしないで~」

「いっつも一人で部活しとるやんか」

「せっかく部員が入るかもしれないこのチャンスを逃せないよー!」

「アンタなぁ……」


 私はまとわりつく蒔苗をひきはがし、その場を後にした。


「わーんっ、鵺子ちゃんの意地悪ー! 鬼! 妖怪変化ー!」


 後ろから蒔苗の嘘泣きと悪口が聞こえてきたが無視した。文句を言いに戻ったら、今度こそしっかり捕まって入部するというまで放さないに決まっている。何度も経験したら流石に学習する。


「誰が妖怪変化じゃ誰が」


 鵺子なんて変わった名前から言われていることは確かだが、私はそんな不気味な存在でもなんでもない。ごく普通の女の子だ。


「まったく……」

「あら、ご機嫌斜めね」


 慣れ慣れしい声音は聞き覚えがある。うげっ、と思いながら振り返ると、そこには思い描いた通りの奴がいた。


「何、生徒会長?」

「ただ挨拶をしただけなのに、そこまで顔をしかめなくてもいいんじゃないの?」


 少しだけ茶色の混じった長い髪を持つ、生徒会長ことリリアは、くすりと妖艶にほほ笑んだ。

 とても十五歳とは思えない、同性の私からみても危ない雰囲気を発している、不気味な奴。でもそれは私一人の前だけだ。他の人間の目がある時は品行方正な女生徒として、生徒、教師、男女問わず信頼されている。

 裏表が激しすぎるだろう……。


「あー悪かったなぁ。それじゃあ」


 私は軽く手を挙げ、踵を返すが、


「待ちなさいな八嶋さん」

「何よ?」


 一応立ち止まり、振り返る。

 リリアはその場に立ったまま笑って私を見ている。何を考えているのかはわからないが、どうせ碌なものじゃない。


「これから私、お仕事を終えて帰ろうと思うのだけれど、一緒に帰ってくださるかしら?」


 おや、案外碌なものだった。仕事を手伝えとか言われると思ったのに。けれど、私の答えは決まっている。


「パス」


 目を引く容姿と絵にかいたような淑女っぷりで、彼女に好意を抱くものは多い。女生徒からもお姉さまとか呼び慕われている。

 実際にこの前、廊下で「リリアお姉さまがね」って言っている書記の声に思わず振り返ってしまうほどの衝撃を受けた。


 まぁようするにこいつと一緒に登下校したいと思っている生徒はいるわけで、別に私でなくてもいいのだ。それなのに、リリアは知りあって間もない頃から私に馴れ親しく付きまとってくる。生徒会長に就任した後も相変わらずだ。


「皆もう帰ってしまってね」


 リリアは残念そうに肩をすくめて見せるが、嘘だな。仕事が一区切りついて、みんなに先に帰るように言っておいたのだろう。そして、私を待ち伏せしていたに違いない。我ながら自意識過剰とも思うのだが、こいつとの一年以上の付き合いから、あながち間違いではないと思えるようになった。


 これで普通の態度で接してくるならいいけど、何か怪しく笑ったり、妖艶な雰囲気を出しているあたりとか、薄ら寒さすら感じる。


「それに、ここ最近は八嶋さんとは一緒に帰っていないし。どう?」

「どうって、パスって言うたやん。何でアンタと帰らなあかんのよ」


 私は面と向ってそう言い放つ。だけど、彼女は傷ついた様子もなく、おかしそうにくすりと笑って見せた。


「だって一緒に帰宅する方が楽しいじゃない」

「それはアンタだけで、私は楽しくない」

「そういうつっけんどんな態度、先輩に向かってどうかと思うわ」

「じゃあ言わせてもらいますけどね先輩? 私の前だけでそんな不気味な態度をとってもらうのはやめてもらえませんか?」

「あら、不気味かしら?」


 だから、その笑顔が不気味なんだっての。笑うなら普通に笑え!


「ともかく、私は一人で帰るんで」


 そう言って、今度こそリリアに背を向けた。けれど、背後で彼女のくすくすと笑う声が聞こえ、


「また明日会いましょう、八嶋さん」


 なんて聞こえてきた。

 校舎を出て、学校の敷地を出た頃にはどっと疲れが体に回っていた。


「疲れた……」


 あの生徒会長だけはどうにも慣れない。

 鞄を持ち直し、私は頭を振って先ほどまでの出来事を記憶の片隅に置いて、家を目指すのだった。




                    ☆




 一人の少女が学校から出ていく。

 その様子を、生徒会室から眺める少女が一人。彼女の名前はリリア。先ほどまで件の少女と会話をしていた。


「ふふっ、やっぱり綺麗でかっこいいわ」


 彼女の気だるそうな後ろ姿を眺めながら、リリアはほほ笑んだ。

 彼女は、女子中学生にしては高い部類に入る。また、顔はかわいい系に属しているのに、キリッとしていてクールな印象を見る者に与える。普段はぶっきらぼうな態度だが、何だかんだ言いながらお人好しな性格で、彼女を知る人たちから好意を持たれている。

 リリアも、彼女に好意を抱く、その一人だ。


「どうやったら、お友達になれるのかしらね」


 初めて会ったときから積極的に接している。

 が、彼女はそんなリリアを鬱陶しげにあしらい、たまにひどい言葉も浴びせてくる。けれど、なんだかんだ言って仕事を手伝ってくれたりと、気を使ってくれているところもあるのだ。

 今日は無理だったが、いずれは彼女の幼馴染、蒔苗のように仲良く話せるようになりたいと思っている。

 先日、知りあった友達にそのことを相談したら、応援してくれると言っていた。

 だからきっと……。


「ふふっ、楽しみだわ、鵺子ちゃん」


 たった一人の生徒会室で、リリアはそっと少女の名前を口にして、頬をやわらかく緩ませるのだった。





鵺子のつぶやき


○深夜アニメ:今も昔も変わらへん楽しいアニメ時間。今やったらありえん自由があったんや……。


○ビデオデッキ:二つのビデオテープを入れて録画できるなんて、ステキやん……。DVD? 何それ? 美味しいん……?(DVDレコーダーもそうやけどDVDも高いねん……。)


○伏見区:京都市の南あたりにあって、私らがおるんは桃山ってとこ。西には御香宮さん(御香宮神社)、東には桃山城(伏見城)や乃木神社、御陵さん(明治天皇の墓所)があるよー。


○お姉さま:ウチの学校にはそういう制度はあらへんよ……。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ