プロローグ
新作です。よろしくお願いいたします。
「鵺子! 起きろ鵺子!!」
うるさいなぁ……私は今寝ているのよ……。
昨日は生徒会長に呼び出されて遅くまで手伝ってたんだから……。私、生徒会委員じゃないのに……。
「起きろ鵺子!」
だから誰よ私を呼ぶのは……。
お母さん……は、二週間前から出張してるし、お父さんも同伴している。家には私一人だ。じゃあ雪ちゃん? それとも音猫ちゃん?
「俺は音猫じゃねぇ!! いい加減起きろ寝ボケなす!!」
「ぷぎゃ?!」
罵詈雑言と共に脳天に衝撃が走り、私は女子中学生にあるまじきつぶれた悲鳴をあげた。ぐぬぬ……。うら若き乙女に何という声を出せるんだ。
「何すんねんいきなり!!」
「お前が起きないから悪いんだろうが」
顔をあげると、そこには黒服の女の子が立っていた。憎々しげに顔をゆがめ、私を見下ろしている。
「あ?」
「ちっ、まだ寝ぼけてんのか! 斜め四十五度チョップでもお見舞いしてやろうか?」
その言葉に、私の意識は今度こそ覚醒し、セーラー服を着た憎いあんちくしょうの顔を睨んだ。
「い、いらんわ!! 起きとる! 起きてますー!!」
とりあえず体を起こし、あたりを見回す。
辺り一面、炎の壁。
あぁ、通りで冬なのに熱いわけだ。
「のんきなこと考えてないで、気合入れ直せ」
「わかっとるって……」
口の悪い相方をねめつけながら立ち上がると、足と腕に軽い痛みを感じた。何か所からすりむいたかな。帰ったら消毒して絆創膏、貼らないと。
体の調子を確かめた後、射抜くような視線を感じ、顔を上げた。
炎の壁の向こうから、私たちを睨みながらこちらへゆっくりと歩み寄ってくる、影があった。
「私、どれくらい寝とった?」
「二十秒」
二十秒か。その間、こいつが私を守ってくれていたのだろう。
「ありがと」
「はんっ、何に対しての礼だ? それよりも、今はあいつをさっさと倒したいんだがな」
相方の視線の先、炎の壁を越えてやってきたそれは、オレンジ色の明りに照らされながらその姿を現した。
巨大な、鋼の猿だ。
私の身長が百五十八センチで、相方は百六十センチ前後なんだけれど。
眼の前の巨大猿は、四足歩行の状態で地面から頭の天辺までの高さが、相方の身長の二倍近くある。立ち上がったら小さな二階建ての家くらいあるかも。
大昔にいたって言う霊長類の一種……名前は忘れたけれど、それよりも大きな霊長類なんて、それこそ伝説にしかいないだろう。
さらに奇妙なことに、炎に照らされるその体には毛は存在せず、鋼鉄に覆われている。体の各所からは火が噴き出ており、周囲の炎へとまるで流水を巻くようにして“注がれている”。
「すっごぉ……」
「火猿。炎を操る生意気な猿だ」
『生意気なのはどちらだ』
炎の猿がしゃべった。低く落ち着いた声だけど、相方に対して、どう贔屓目で聞いても馬鹿にしている態度と口調だった。もちろん、麗しき相方はそれに気づいて、早速こめかみに血管を浮かべた。
「てめぇの方が生意気だろ! 復活したなら俺に連絡くらい寄越せよっ!」
『その態度が生意気だと言っているのだ。やれやれ、そちらのお嬢さんも大変だろう』
何故か敵(?)に気遣われてしまった。
「は、はぁ…まぁ」
「お前も納得すんな!」
「いやだって、言われとることは本当やし。それにいっつもいっぱい食べとるから、家のエンゲル係数だだ上がりやし」
「ふんっ、飯が美味いからな。仕方ないだろう」
そう言われると、悪い気がしないでもない。作っているのは私なのだから。
「勘違いするなよ。飯が美味いとだけしか言ってないからな」
私を見た相方が、つっけんどんにそう言ってきた。
腕を組んでそっぽまで向いて……可愛いなぁ。
「照れとん?」
「照れてねぇよ! お前の方が照れてるだろーが!」
「照れとらんし!」
言い合っていると、周囲の炎が音を立てて大きく燃え盛った。
『お前たち、実は仲がいいんじゃないのか?』
「どこがだ!」
『まぁいい。そこのお嬢さんはいざ知らず、お前には容赦はせんぞ』
「上等だてめぇ!!」
容姿とは裏腹に滅茶苦茶口の悪い相方は地面を蹴り抜いて、火猿の頭上よりも高く跳びあがり、その頭頂部を蹴り飛ばした。
華奢な足から放たれたはずの蹴りは、多分何百キロ、いや、何トンクラスあるかもしれない火猿を仰け反らせた。
「寝とけっ」
『貴様が寝ていろ!』
見た目からは想像もできない素早い身のこなしで姿勢を整え、火猿が相方をつかもうと腕を振るう。
「気安く触ろうとしてんじゃねぇよ!」
相方はその手を蹴りあげ、そのまま後方一回転して着地し、再び地面を蹴って火猿の懐に飛び込んだ。
「いけよやぁ!!」
『ぐぬぅぅぅ!!』
硬いもの同士がぶつかり合う重たい音が周囲へ響き渡る。
直後、周囲の炎の勢いが弱まり、火猿がぐらっとその巨体を揺らしならが仰向けに倒れた。
その足元で、ボディーブローを放ったままの姿勢で火猿を見下ろす相方は、勝ち誇ったように笑った。
「ははははは!!! この俺様に盾突くなんざ千年早いんだよ」
『くっ……まさか貴様ごときに倒されるとは……』
「貴様ごとき? おいおい、俺様を誰だと思っているんだ?」
相方は腰に手を当て胸を張り、声高らかに言い放った。
「俺様は大妖機、鵺だぜ?」
お読みいただき、ありがとうございます。
サエぼやギルフェン等の続きはもう少々お待ちください。