「ケーキを作ろう」
「ごちそうさまでした!」
黒いローブの青年、ロイロスに助けられたミーレクは、近くの定食屋で牛丼を奢ってもらっていた。
「ホントにいいんですか?」
そう心配げに訊ねるが、ロイロスは「大丈夫ですよ」と人懐っこい笑みを浮かべて返した。
その笑顔に、ミーレクは机にめり込む勢いで平伏した。
「ところで、このチラシのケーキってミーレクさんが作ったんですか?」
「え、えぇ。そうですが…」
頭をあげて頷くと、ロイロスは「やっぱり!」と感心したように目を輝かせた。
そして、急に真剣な面持ちになって
「じ、実はミーレクさんにお願いがあって…」
「お願い…ですか?」
ロイロスは頷くと、胸ポケットからヨレヨレになった紙を取り出した。
そうして机の上に紙を広げる。
そこに描いてあったのは、黒いモジャモジャだった。
なんだこれ…イカスミパスタ?
首を傾げていると、ロイロスが顔を赤くして答えた。
「…猫です。ほら、この青と黄が目の…」
「は、はぁ…」
猫にしてはそこら辺の埃みたいだ。
「実は一昨日に出ていかれちゃって…丘の上の公園で見つけたものの、甘いものを寄越さなければ帰らん!と突っぱねられて…」
カップルかよ!とミーレクは心の中でツッコミを入れる。
「なるほど…それでケーキをってことですね?」
ややため息の混ざった声で聞くと、ロイロスはリンゴのように赤い顔で「はい…」と答えた。
どうしよう… 今日は休みで、下準備した分しか店にない。
しかも、魔物でも食べられるようなケーキなんて…
その時、まるで雷が落ちるようにミーレクの頭にある天啓が降ってきた。
「あっ!」
唐突に立ち上がるミーレクに、店内はシンと静まり返る。
「ど、どうしました?」と戸惑いを隠せずにいるロイロスに訊ねられると、
「私に妙案があります!」
ミーレクは得意げに笑った。
「ケットシーか……彼らは人に化けることができるし、別に人間の食べ物でダメなものとかは無いけど、肥満が心配なら糖質は抑えてあげたほうがいいかもね」
「なるほど」
ロイロスを連れて店に戻ったミーレクは、ルーゼンの話を聞きながらケーキのレシピを練っていた。
「今日は少しあったかいから…あっ、どうせなら、みんなで食べられるものにしましょう!」
皆の喜ぶ顔を想像しながら、頭の中でケーキが出来上がっていく。
それは、ミーレクにとってこの世で最も楽しい時間といっても過言では無い。
「ミーレクさん、楽しそうですね」
ロイロスの言葉でハッと我に返ったミーレクは頬を染めながら、持っていたペンをクルクルといじる。
「お菓子を作ることしか能のない女でして…お恥ずかしい…」
苦笑いで頭をかいているミーレクに、ロイロスはその手をギュッと握りしめて
「そ、そんなことないですよ!お菓子が作れるってことは、それだけ人の笑顔を作れるってことじゃ…あ」
今さら手を握っていたことに気づき、ロイロスはひどく慌てた様子で手を離す。
「す、すすすすみません!つい熱がこもってしまい…」
「い、いいえ」と平常心を保っているように見せかけ、内心では死ぬほどドキドキしているミーレクであった。
そこへ、ルーゼンの威厳のような何かに満ちた咳払いが飛んでくる。
「さて、若人たちよ。早くしなければ日が暮れてしまうぞ?」
「「は、はい!」」
慌てふためきながら準備を再開する二人を見て、ルーゼンおじさんはどこか懐かしげな様子で目を細めていた。
○
「材料はこれで全部ですかね?」
ロイロスは、調理台の上に並べられた箱やら何やらを指差して確認する。
「ビスケットにクリームチーズに…はい!全部あります」
これから作るのは、レアチーズケーキだ。
まず、ミーレクはビスケットを一つの袋にまとめて入れ、
「まずルーゼンさんは、このビスケットを細かく砕いてください」
とルーゼンの胸に押し付けた。
しかしルーゼンはキョトンとしながら不思議そうに訊ねる。
「え…私も手伝うのか?」
「え?違うんですか?」
逆にそう聞かれ、ルーゼンは渋々ビスケットを砕きはじめた。
「さて、ルーゼンさんが力仕事を引き受けてくれるらしいので」
と、そこでルーゼンの眉毛がピクリと動く。
ミーレクは泡立て器を銀色に輝かせね言い放つ。
「私たちは混ぜましょう!」
ルーゼンがビスケットを玉砕している間、ミーレクとロイロスは生地作りに専念した。
まず、ロイロスの火炎魔法でクリームチーズを熱し、ほどよく柔らかくなったところで砂糖と一緒に練り合わせる。
そこへ溶いたゼラチンを投入し、ロイロスの氷結魔法で少し冷やす。
魔法レンジでバターを温めていると、ルーゼンが肩を回しながら渋い顔でやってくる。
「やっと砕き終わったよ。はぁ、肩が痛い…」
「お疲れ様です、しばらく休んでていいですよ」
ミーレクがそう言うと、ルーゼンは静かにガッツポーズを取ってキッチンの端に座り込んだ。
チン!という音とともに、バターの香りがキッチンに広がり始める。
「いい匂い…」
ミーレクは、小花柄の可愛らしいミトンでバターの入った容器を取り出す。
「あとはこれを、砕いたビスケットと混ぜて…」
文字通りの粉々になったビスケットに溶かしたバターを入れ、よく混ぜる。
ほどよく固まったら、今度はそれをケーキの型に敷き詰めてスプーンでギュッと押す。
「ロイロスさん。それが終わったら、こっちも氷結魔法お願いします」
「了解です!」
ロイロスは笑顔でそう言うと、空いている左手をビスケットに向けて氷結魔法を放った。
すると、すぐさま型の周りに氷の結晶ができた。
「おぉ!」
これには端に座っていたルーゼンも驚嘆の声を上げる。
「す、凄いですね!両手で別々の魔法を使えるなんて」
ミーレクが目を輝かせて拍手すると、ロイロスは照れ臭そうに笑みをこぼした。
「まぁ、これでも冒険者パーティの一員ですから」
そしていよいよ、ケーキ作りは佳境に入った。
ビスケットの敷き詰められた型に、チーズの生地がゆっくりと流れ込む。
全て流し終えたら、ヘラで表面を均し、再び魔法で冷やす。
魔法でケーキ作りを手伝うロイロスは、終始緊張しているような、しかしどこかで、それを楽しんでいるような様子だった。