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おりがみ天音の日常譚  作者: 物部がたり
ゴールデンSTRAYドッグ
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ゴールデンSTRAYドッグ⑦

「そういうことだったのか――今朝放送してた行方不明のゴールデンって、佐倉さんの犬だったんだね」


 ロロナの特徴から、どういう経緯で逃げ出したかまでをを、天音は全て語り終えた。樹鏡(ききょう)は腕を組んで聞いていた。相づちも打たずに、首だけを動かしていたのだ。


「確かに、七歳だったら、さらわれた可能性は低いよね。それじゃあ――調べたいこともあるから、今から佐倉さんの家に行ってみていいかな?」


 樹鏡は黙って聞いていた、佐倉にいった。


「ちょっ、家の都合もあるのに、そんなこと急に言っちゃ失礼よ……」


 天音はおかしなことをいい出した、樹鏡をたしなめるつもしでいったが、佐倉は嫌がる顔をしなかった。


 佐倉からすれば知らない男に家を教えるだけでなく、中に入れることになるのだから、言い渋ると思っていたのだが嫌がる顔一つせずに、いった。


「いいですよ、両親二人とも夜勤でいないんので。――それで少しでも分かるのならぜひ、見てください」


と、迷うことなく、佐倉はっきりいった。それだけ、ロロナを見つけたい気持ちが強いことを物語っていた。


「じゃあ! 早速行きましょ」


 天音は思い立ったらすぐ行動するタイプなので、そうと決まれば行動は早かった。佐倉の腕をつかみ外に出ようと天音は歩き出した。


 その時、「ちょっと待ってくれ」と、樹鏡が先々行こうとする、天音にいった。


「どうしたの? 急がないと五時過ぎなのよ。もうすぐ暗くなる」


 天音の声は少しいら立っていた。


「本、返さないと……」


 樹鏡は積み上げていた書籍を、手の平でパンパンと叩いていった。


「まったく……」


 天音はあきれ果てた声を出した。



 すべて元あった場所に戻し終えると、樹鏡を仲間に入れた天音たちは駅へと歩き出した。あれだけ積み上げていて、一冊も購入しないとは呆れて声も出ない。


 近いうちに、この読みたい本を無料で読めるサービスがなくならないか、天音は心配になった。ロロナを見つけた後に、きつく注意しないといけない、と心に決めた。


 佐倉の家は電車で三駅進んだ、ところにある。五時過ぎという、時間だけあって電車の中は混んでいた。満員とまではいえないが、座れる席は空いていない。

 

 高校生たちが、楽しそうにスマホを見せ合って笑っていた。多分、ゲームをしているのだろうことは分かった。


 つり革につかまって、三駅のあいだ揺られた。一日歩き詰めだったから、足が痛かったが天音は黙ってつり革につかまっていた。明日は家でダラダラして過ごそうと心に決めた。

 

 A駅という駅名が車内放送で流されると、佐倉は「この駅よ」と、扉の前に立った。この駅で降りるのだろう、天音と樹鏡は佐倉の後ろに貼り付くように降りた。


 扉が開くと乗っていた人たちの、半数近くがこのA駅で降りた。それなりに人口が多いい町なのだろう、天音の利用している駅と違い整備が行き届いている。

 

 こんな利用客の多いい駅なら、傷んだところはすぐに整備されるのだろう。天音はいつも自分が利用している駅と比べて、少し羨ましく思った。


 駅前には数台のタクシーが、降りてきたお客を拾おうと扉を開けて待っている。天音たちはタクシーの横を通り過ぎて、赤茶色のレンガが敷き詰められた道を歩き出した。


 佐倉の家は駅から歩いて五分の住宅街にあった。立ち並ぶ家たち皆、高級そうな外装をしている。いわゆる高級住宅街というものだ。


 そして、佐倉の家は庭先に花や実のなる樹が植えられている。天音は庭を見るだけでその家の内情が、分かると思っている。佐倉の家はそんないい家の、代表的な外装をしていた。まるでモデルハウスのような家だ、と天音は思った。


「ここが、私の家よ」


 家をバックに振り向いて佐倉はいった。


「きれいな家だね」


 樹鏡がいった。


「そんなことないですよ」


 謙遜(けんそん)しているが、佐倉の顔は嬉しそうに見えた。


「んうんう、本当にきれい。花も植えてるし、季節になれば咲き乱れる花はきれいなんでしょうねー」


 赤レンガで作られた花壇には、椿(つばき)やナデシコ、ツツジなどの春に咲く花が植えられていた。佐倉という苗字だけあって、春の花で統一されているのだろうかと天音は考えた。


「さあ、中に入って」


 そういって佐倉は教会の扉のような、分厚い扉を開けて天音と樹鏡が入れるようにおさえた。


「ありがとう!」


 二人はハモっていった。天音から家に上がり。入ってすぐ、心地よい香りが天音の鼻をぬけた。これは植物の匂いだ、家の中でも観葉植物を置いているのだろうか。


 芳香剤の臭いが嫌いな天音でも、この香りなら置いてもいいと思った。つまり、良い香りだと言う事だ。


 誰もいないことが分かっていても、人の家に入るというのは緊張するものだ。天音はあずかった猫のように、玄関で立ち尽くして佐倉が入ってくるのを待った。


「静かだね、誰もいないのかい?」


 樹鏡がこの家で最初に発した言葉だった。


「ええ、今日は両親いないから」


「父犬は?」


 樹鏡は家に入ってすぐ、佐倉に問うた。しかし、佐倉は聞こえなかったのか、そそくさと家の中に入っていった。


 リビングに通されると、最初に目に飛び込んだのは有機ELの大きなテレビだった。リビングから二階に吹き抜けになっていて、天井にも窓があり日中は明るいんだろうなと想像をめぐらせた。

 さえぎる扉はなく、すべての部屋がつながっているような内装だった。


 そして、両側にある大きな窓に這わすようにして、観葉植物が大きなプランターで置かれている。それは植物というよりは樹に見えた、よく見ると実を付けているのが分かる。

 

 この樹は何だろうと、見つめていると「ジャボチカバっていう、ブラジルの樹なの」と、佐倉は説明してくれた。


「始めて聞く名前」


 不思議そうに天音はその樹を見つめた。今まで見たことのない、摩訶不思議な樹だったからだ。


「そうでしょ、最近人気がでてきてね、ネットでは売り切れなのよ。――美味しいから食べてみて」


 そういって枝ではなく(みき)になった、黒いぶどうのような実を天音と樹鏡に手渡した。


「うん、ぶどうとは違う変わった味、すっごく甘いねぇー」


 天音は種と皮を口から出しながらいった。となりで樹鏡は同じようにうなずいたいた。そして、出した皮をシンクに捨てさせてもらって、また樹鏡は何かを探すように室内を見渡した。


「ロロナのベットはどこにあるんだい?」


 樹鏡がぶしつけに部屋を見回しながら佐倉にいった。


「ロロナベットはないの、私のベットで一緒に寝てるから」


「見せてもらってもいいかな?」


 さすがの佐倉もその質問には即答できなかった。佐倉の困った顔を見て、天音はすかさづフォローした。


「何言ってるのよ、女の子の部屋を見せろだなんて!」


「ロロナを探すには必要なんだ」


 樹鏡は悪びれることなくいった。


「だからって……」


 と、言いかけた天音の声を(さえぎ)って佐倉がいった。


「ロロナを探すためなんだったらいいよ……」


 そういって、佐倉は二階に案内する。樹鏡は佐倉の後ろに付いて行った。天音も後に続く。


 佐倉の部屋は階段を上って、すぐのところにあった。扉の掛札には《夜恵のへや》とかわいらしく彫られている。


 扉を開けてすぐ飛び込んできたのは、またしても香りだった。女の天音でもドキッとするほど、女の匂いが部屋の中に充満している。ここで、佐倉は毎日過ごしているのだろう。


 女の自分でこうなのだから、男の樹鏡はどうなのかと視線を向けると、平気な顔でずかずかと、部屋に入っていくではないか。鼻でも詰まってるのかと、天音は突っ込んだ。


 部屋の中はいたってシンプルだった、勉強机の上にノートパソコンが置かれ、本棚が部屋の横に置かれている。ベットの上に置かれた、かわいらしいぬいぐるみだけが女の子らしさを伝えていた。


「何か分かったかしら?」


 佐倉は少し不安そうに、樹鏡に聞いた。すると樹鏡はドヤ顔を作っていた。

 他人には分からない、長い間一緒にいる天音にだけ分かる顔の変化で、樹鏡はドヤ顔を作っていたのだ。それは謎が解けた時に見せる顔だった。


「ああ! 分かったよ」


 樹鏡は自信に満ちた声で言い放った。

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