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おりがみ天音の日常譚  作者: 物部がたり
ゴールデンSTRAYドッグ
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ゴールデンSTRAYドッグ⑥

 公園で見た時もメールマークがついていたのだろうか。着信があった時刻を調べるため、天音は手紙のマークを人差し指でタッチした。

 

 時刻を確認すると、一時半と表示されている。その時間は、忙しい時間が終わり一息ついていた時間だ。ロッカーにいれていたから、着信など分かるはずがない。


 メールを開いて見てみると《ワトスン》と表示されていた。そう、ホームズシリーズの助手君ワトスン君だ。天音はホームズシリーズが好きだから、ある人物の着信時の名前をワトスン、にしているのだ。

 

 メールを開いて、書かれている内容を目で追った。読み終えた、天音は今までの落ち込んだ顔はどこへやら、今では小さく微笑んでいた。


 天音はスクリーンを操作して、文字を打ち込み、打ち終わると、スマホケースについている落ち着いた色合いの蓋をして、肩からかけていたショルダーバッグにしまった。


「佐倉さん! いい知らせがあるよ。一緒に捜してくれるって人ができた!」


 そういった天音の目は輝いていた。


「え?」


 佐倉は意味が分からず、空気が抜けたような声が出た。かすれた声を恥ずかしく思ったのか、軽く咳払いしてもう一度言い直す。


「誰かが手伝ってくれるの?」


「うん、幼馴染の狛犬(こまいぬ)樹鏡(ききょう)っていう名前なんだけど、その人がこの駅前の本屋に来てるんだって。今からそっちに行くってメールしたから、本屋に行こ! きっとその人が助けてくれるから!」


 天音は佐倉の手を引いて、歩き出した。


「誰なのその人は……」


 佐倉は少し不安そうにいった、そりゃあ、知らない男の元へ連れていかれる、と聞いたら誰だって警戒することだろう。


「私の助手くんだよ」


 聞く側からしたら意味不明な解答だけして、天音は足を止めない。あらがうのをやめ、仕方なく、天音に引かれるまま佐倉は歩き始めた。



 自動ドアが開いた時、涼しい鈴の音が店内に浸透した。本屋独特の、落ち着いた紙の匂いが天音の小鼻をスーッと通り抜ける。


 入り口を入ってすぐに、今注目の本、書店員が選んだオススメの本がオリジナルのポップでカラフルに彩られている。


 最近はこのようなポップが話題になって、普段本を手に取らない人でも、ポップがあることによって手に取ってみるということもあるそうだ。

 

 その他にも普段、読まないジャンルの本もポップがきっかけで手に取ることもある。大手写真投稿サイトでは、こいうったポップが人気になっているそうだ。


 よく本を読む天音にとって、このポップを見ることも本屋に来る楽しみの一つだった。大きな本棚が列をなして、並んでいるだけで心躍るものがある。

 

 ここに来れば大抵の本は手に入るだろう。そして、この本屋の大きな魅力は好きな本をとなりにあるカフェで、読むことができることだ。


 中には図書館がわりに使っている人もいる。かくいう、天音もその一人だった。


 店内には、モーツァルトのきらきら星が流れていた。本屋ならもう少し落ち着いた、選曲があるだろうと思ったが、これはこれでワクワク感を掻き立ててくれるな、と悪い気はしない。


 オークの木の床が落ち着いた、雰囲気で天音は好きだった。一本一本の木に木目があって、本屋に木の床ほどベストマッチな組み合わせは他にないだろう。


 ここなら、一日でも過ごせると、天音は自負している。メールにはカフェで待っていると、書かれていた。カフェは本棚を抜けた、本屋の隅にある。天音は立ち止まっていた佐倉に、いった。


「佐倉さん、行こ」


 並んでいる棚には、今売れている書籍がランキング形式で並べられていた。最近、映画化された書籍が上に貼られたチラシに出演する、女優、男優の豪華な名前が並んでいる。


 この作者が書いた小説はほとんどが、映画やドラマになっている。日本で五本の指に入る小説家だと、天音は思っている。


 他にもテレビで紹介された書籍が上位をしめている。中には天音が読んだことがある本も入っていて、心が躍った。

 どこの本屋もだろうが、作者の名前で分けられていて、目的の本を探しやすくなっている。作者の名前さえ知っていれば、見つけられない本はないのだ。


 奥に行くと、漫画売り場の棚がある。まず目に飛び込んでくるのはアニメ化された、漫画だった。小さなモニターには現在、放送されているアニメのCNが映し出されている。


 漫画売り場に貼っているポスターなどを見るのも好きだった。かわいいイラストもあれば、かっこいいイラストもある、見ているだけで読んでみたくなる漫画ばかりだった。天音は本自体が好きなのではなく、物語が好きだったのだ。


 その時、読んでいる漫画の新しい巻が出ているのが目についた。買いたい衝動が天音を襲ったが、今は樹鏡の元に行くのが先決なので泣く泣く漫画売り場を通り過ぎるしかない。

 ここに長い間いるのは危険だ、と思い天音は逃げようにして、目の前のカフェに入った。



 カフェの中は女性客が三分の二を占めていた。他には、カップルが何かを楽しそうに話しながら、ギリシャ神話の怪物のイラストがプリントされたカップを持って飲んでいる。


 そのような、雰囲気の中で一人だけ異質な存在がいた。テーブルに売り物の本を積み上げて、テーブルを埋め尽くしている。

 

 いくら自由に読めると(うた)っていても、こんなに積み上げていたら店側から苦情が来るだろう。このような人間とは関わりたくないが、この人間が狛犬樹鏡なんだから仕方ない。


 髪はくせ毛気味で軽くカールしていて、目は奥二重できりっとした印象を受ける。鼻は鷲鼻風で、その下にある唇は下唇だけが紅を塗ったように赤い。

 

 身長も百七十五はあり。パーカがよく似合いそうだが、本人は訳の分からないデザインのTシャツを着ている。ファッションさえちゃんとすれば、世にいうかっこいいの部類に入る男だった。


 その男はやって来た、天音と佐倉には気付かずに本に目を落としていた。目立つのが嫌いだ、といっているのによくもまあ、売り物の本を積み上げられるものだ、と天音は感心する。


 知り合いだと思われるのは嫌だったが、今回は仕方ない。天音は無言で樹鏡の向かいの席にドシ、と座った。


 樹鏡はビクっと向かいに座った、天音に視線を移した。本当に気付かななっかのだろう、一瞬お化け屋敷で驚かされた人間のような顔をして天音をみた。


「あ、天音か……驚かせるなよ……」


 樹鏡は開いていた本を積んでいる、本の上にさらに積んだ。周りを見ると、こいつの仲間なのか、という顔をしたカップルたちが天音に薄ら笑いを向けてきた。


 天音は怖じ気ずくことなく堂々と、相手を冷たくにらみ返した。そんなに堂々とされると思ってなかったのか、カップルたちは慌てて視線をそらす。


 へ、睨み返される勇気もない奴が睨むんじゃねー、と心でカップルたちに悪態をついた。天音は気が強い性格だった。


「相変わらず、気が強いなー」


その言葉を聞き天音はイラっとした。


「売り物の本をこんなに積み上げられるんだから、あんたも相当なもんよ」


と、あきれ気味いった。


「あ、ははは……お金がないからね、仕方ないだろう。近くに図書館ないし……」


 樹鏡は後頭部を手で撫でながら笑った。漫画でよく見る、後ろめたい時にやるポーズだ。


「佐倉さん、座って」


 一部始終をあっけに取られて見ていた佐倉にいった。天音のとなりの椅子を引いて、佐倉は「え、ええ」といって腰を下ろす。


 佐倉はスカートを整えながら座った。正面に座る樹鏡は、紹介してくれというような顔を天音に投げかけた。


「この人は売れない小説家で、幼馴染の狛犬樹鏡。昔からよく遊んでるの」


 樹鏡は佐倉に軽く頭を下げて、「樹鏡です」と、素っ気なく自己紹介した。


「こちらは私の仕事場の同僚、佐倉夜恵(やえ)さん」


 佐倉も樹鏡に向けて軽く頭を下げた。樹鏡にはまだ何も話していない、説明してくれと言いたげな顔を樹鏡は天音に向けた。佐倉は何を話せばいいのか、困っている顔をしていたので、代わりに天音が代弁する。


「佐倉さんの飼い犬、ゴールデンレトリーバーのロロナがいなくなったの」


「ほー、――で、僕にも探すのを手伝って欲しいと?」


 樹鏡は両腕を組んだ状態で、呆けた声をだした。


「そういうこと。迷い犬猫探しは得意でしょ」


「得意じゃないって」


「手伝ってくれないの?」


「手伝うけど……状況が分からないんじゃどうすることもできないだろ」


 天音は今までの経緯を丁寧に説明しだした。若干いやそうな顔をしていた樹鏡も次第に、天音が語る話を面白そうに聞いていた。こいつは頭が回るのだ。

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