ゴールデンSTRAYドッグ⑤
佐倉は不思議そうな顔で天音を見つめた。
「いやあぁ、こんなところに公園があるのか疑ってた」
それを聞いて佐倉は納得した様子だった。
「ああ、仕方ないよ、駅から来たら公園があるなんて見えないもんね。車で走ってたらバンって大きな公園が現れるんだよ。土、日は子供連れの親子で賑わってるし」
公園内は平日だが、子供を連れた親子で賑わっていた。ブランコ、ジャングルジム、大きな滑り台、他にも小さい頃に遊んだが名前も知らない遊具がたくさんあった。
子どもの頃こんな場所があれば、毎日のように来ていただろう。コートの真ん中でサッカーをしている、子供たちが楽しそうにボールを追いかけていた。
公園の周辺を囲むようにして小さな森が、できている。花も植えられていて、この公園だけで年間どれだけの管理費がかかっているのだろう。
そんな、大人のいやらしい考えを持つような歳になっていた。しかし手の行き届いていることを見ると、この公園を地元の人が利用しているかがよく分かる。
公園の中に足を踏みいれて、グラウンドの横の道を歩き出した。この公園でサッカーの試合が催されているのだろう。芝生が綺麗に整えられている。
サッカーの試合をするにはここより、最適な場所は他にないだろう。母親らしき人達が、ベンチに座り他愛ないおしゃべりをしていた。
もう一か所ある、芝生では野球ボールやフリスビーを投げて愛犬と遊んでいる人たちが数人いる。佐倉もそこの芝生で、ロロナと遊んでいたのだろう。
その光景を頭に思い描いた。愛犬とボールやフリスビーなどでたわむれる佐倉は、やはり絵になった。
楽しそうに遊ぶ人々に目を奪われてしまっていたが、二人の目的はロロナを探すことだ。天音は目を皿のようにして、公園内を見渡した。
「ロロナちゃんの特徴とかはあるのかな?」
芝生でボールを追いかける、ゴールデンレトリーバーを見ながら天音はいった。
「薄い茶色で、毛がお腹に流れるようにカールしてるの。プレートにロロナって彫った首輪をしているわ」
天音はゴールデンレトリーバーの姿に、今聞いた特徴を重ね合わせた。しかし、どうイメージを膨らませても、やはりゴールデンはゴールデンにしかならない。
飼い主には細かい顔の特徴や体つきが分かっても、飼い主でない者はやはりどこにでもいるゴールデンレトリーバーにしか見えないのだ。聞いた特徴と照らし合わせて、公園内の犬を見比べながら三十分かけて一周した。
「ここにはいないね……」
二人は木影にあるベンチに座って虚ろになっていた。風が吹くたびに、地面に落ちる木漏れ日が涼しげにさらさらと流れる。下手な涼みをするよりもこの場所で、過ごしたほうが涼めるだろう。
「・・・・・・」
「他に思いつく、場所はないかな……」
天音は足をぶらぶらさせながらいった。他に思いつくところがあったら天音に頼む前に、もう探しているだろう。その質問が酷なことを今、気付いた。天音はしょぼん、と自分の靴を見つめる。
黙ること数秒、佐倉は突然口を開いた。
「ここでね、ロロナと出会ったの。――丁度このベンチの下に段ボール箱が捨てられてて。その段ボール箱に入っていたのがロロナ。
――ロロナの他にも三匹の子犬が入っていたんだけど、――ロロナ以外はもう死んでた……あの日も暑い日だったから、熱中症か脱水症になったんだと思う。
動物を捨てるなんて酷いことだよね、あの頃はロロナを捨てた人をすごい恨んでた。
唯一生き残ったロロナだけを抱えて帰って、母に飼ってくれるように――必死で必死で頼んだの。――初めは反対されてたけど、何度も何度もお願いするうちに《ちゃんと可愛がってあげるのよ》って、飼うことを許してくれたの。
それ以来、ロロナといつも一緒、どこ行くにも後ろからついてきてくれて、なんてかわいいのっていつも言っていた」
そう語る、佐倉はなぜか悲しそうに見えた。天音も犬を飼っていたら、そのような気持ちを持つ事ができたのだろうか、と思った。
開かれていた、サッカーの試合も終盤に入っていた。クラウドの真ん中に見えるように置かれているボードには四点、三点と白いチョークで書かれていた。
どちらが四点を取っているのだろうか、赤いユニフォームを着ているほうだろうか。それとも白いユニフォームのチームだろうか。
得点差はついているが、実力な互角に見える。勝負は時の運、その時の状況によっても違うのだ。
赤いチームのキャプテンマークを付けた、男の子が何か支持を出している。その指示に従い、白チームの子をマークしていた三人の子が急に走り出した。
キャプテンマークの子が持っていたボールを、走り出した子に向けて蹴る。走っていた子がボールを受け取ると、すぐに白いユニフォームを着た子がカットしようとする。
すかさずゴールの前に上がってきた、さっきの子にパスをわたした。今まで交戦一体だった状況でも、決まる時は一瞬だ。目の前にわたされた、まだ浮いているボールを白いネットが待つゴールにシュートした。
あの人気漫画の絵になっているような綺麗なポーズでのシュートだった。すると、白いネットが張られたゴールが揺れ、ゴールキーパーが横向けに飛んでキャッチしようとしたが、間に合わなかった。
その瞬間、赤いユニフォームのチームが飛び跳ねながら、何かを満面の笑みを浮かべて言い合っている。ボードに書かれていた三、四の数字が四、四に書きかえられた。
*
ふと思い立ち、天音はスマホを取り出して、時刻を確認した。ディスプレイには小型犬の映像が映し出された。天音の犬が好きなのだ。
いつも犬の動画を見て癒されている。ディスプレイの上に三時四十分と左上に小さく表示されている。そして、四十一分に切り替わった時、天音はいった。
「戻ろうか」
佐倉の方を向くと、言葉は発しなかったが、うなずいて立ち上がり同意した。
*
駅に着いたが、十分ほど待たないといけない。青い椅子に座って、十分を待った。待っているあいだ、会話らしい会話はない。こんな状況だと十分が気が遠くなほど、遅く感じる。
楽しいことをしている時は、十分なんてアッという間なのに、時間感覚というのは不思議なものだ。いったい、どういう原理なのだろうか、天音には分からない。
ただ目の前を行きかう人々を目で追ったり、雲の流れを観察して十分間を過ごした。
スピーカーから《もうすぐ二番ホームに電車が参ります、危ないですので黄色い線より前に出ないでください》と独特の口調で男性駅員の声が流れた。
ガラガラ声の方が聞き取りやすいから、だと前にテレビで見たことがある。
今まで外にいたせいで、電車の中は寒いくらいにクーラーで冷えていた。二の腕を擦りながら、天音は入り口近くの椅子に腰を下ろす。佐倉も無言で天音のとなりに腰を落して座った。
来た時と同じ時間をかけて、N駅に帰ってきた。同じ時間なのに、帰りの方が早く感じるから不思議だ。人間の心理的なことだろうか。この駅で乗り換えないと、家には帰れない。
これからどうすればいいのだろうか、天音は頭を悩ませた。どこを探せばいいのか、佐倉に聞いてももう、心当たりがないそうだ。
今まで迷い犬を見つけてきたが、ここまで手がかりがないことはなかった。いくら天音でも、会ったこともない犬の行きそうな場所を少ないヒントで当てるなんて無理だった。
また、今朝母がいった言葉が頭をよぎった。もし見つけられなかったら、どうはげませばいいのだろう。天音は見つける事よりも、そのことで頭がいっぱいになっていた。
自信たっぷりに、佐倉に見つけるといってしまったからにはどうにかしないと、と思うのだがどうすることもできないのだ。天音はもう始めのような自信がなくなっていた。
駅内を行きかう人は数えるほどしかいない。何かをしないと、空気に押しつぶされそうだった。天音は気を紛らわせるように、スマホを出して、時刻を確認した。
四時半過ぎと表示されている。この時間で人が少ないのは珍しい。いつもならたくさんの人がホームを行きかっているのだが、なにかあったのだろうか。
その時、時刻の横にメールのマークがついていることに気付いた。