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おりがみ天音の日常譚  作者: 物部がたり
ゴールデンSTRAYドッグ
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ゴールデンSTRAYドッグ④

 佐倉(さくら)はゆっくりと顔を上げ、天音(あまね)の目を見つめた。まじまじと見つめられると、同じ女性同士でもドッキっとするものを感じてしまう。

 涙で潤んだ薄いブラウン色の瞳は、日本人離れして宝石のような輝きを放っていた。


 束ねていた髪をおろし、セミロングの髪が涙で濡れた(ほお)に貼り付いて、危うげな色気を発している。切れ長な目は、世にいう姉さん的な落ち着きを感じさせた。

 

同い年なのに天音とは持つ雰囲気が違った。なぜか、佐倉の目を正面から見返すことができなかった。


 しかし、目をそらしたことがどうしようもなく、悪いことに感じてしまい、慌ててもう一度同じ言葉を言い直した。


「私にも犬を探すの手伝わせてくれないかな」


 佐倉の瞳が一段と輝いた気がした。誰かに助けてもらいたかったのだろう、天音はその顔を見て自分の言葉が間違っていないことを知った。


「本当に良いの?」


 天音は大きくうなずいて、示した。


「まかせて! このおりがみ天音の目にかかれば解けない、じゃなくて探せない犬はいないわ。そうなったら善は急げよ! 早速心当たりのあるところを探しに行きましょ」


 天音は無理に強く振舞った。椅子を倒しそうな勢いで、立ち上がり、佐倉を見る。今までに解決してきた事件はすべて、迷い犬、猫探しだった。まあ、半分ほどは手伝ってもらったのだが。


 けれど一人で探し当てた犬、猫もいる。それだけいれば、迷い犬探しのエキスパートといってもいいのではないかと、天音は自分自身を自負(じふ)していた。


「だけど……仕事が……」


「何言ってるんの、こんなに暑いんじゃ一刻を争うのよ」


 天音は両手をバン、とテーブルについて、詰め寄るようにいった。


「そんなこと心配しなくても、私が店長に説明するから任せて!」


 左手を胸にかざして、佐倉を安心させるため自信たっぷりに言い放った。



「店長、私たち二人を早引きさせてもらえませんか? 責任はちゃんと、来週とりますから!」


 天音のその言葉を聞き、何言ってるんだ、といっている事が得意の顔芸で語らずとも分かった。


「夕方から忙しくなるんだぞ……」


 店長は渋い顔の上に、さらに皺を刻み、明らかに困った顔を作った。


「命に係わるんです! そこをなんとか」


 神社の賽銭箱(さいせんばこ)の前で拝む時のように、頭を下げながら手を合わせて店長を説得する。


「命に!」


 店長は、命という単語を強調していった。店長は事の重大さに、渋い顔に刻まれた皺を開いて驚いた。そこで天音は、言い足した。


「はい! 犬が行方不明で、こんなに暑い中見つからなかったら――死んでしまします!」


 人間の命かと思っていたのか、犬と聞き店長は少し肩を撫でおろした気がした。


「そういうことなら仕方ないな……分かった、香澄さんと奏に頼んでみるわぁ。二人の変わりになってくれるだろう。早く探してやんな」


 そういって店長はポケットに入れたていた、ガラケーで誰かに電話をかけた。天音と佐倉は顔を見合わせ、店長に深く頭を下げて裏入り口から日差しが差し込む裏路地に出ていった。



「どうしていなくなったの?」


 天音は駅への道を歩きながら、佐倉に問いかけた。となりを歩く佐倉は、できるだけ正確に説明しようと言葉を選んでいる様子だ、少し黙ってから、いった。


「実は――その時、大学に行ってて私は家にいなかったの。母がとなりの家に回覧板を届けに行くた

めに、玄関の扉を開けっぱなしにしてたんだって。

少しのあいだだから、大丈夫だと思ったんでしょうね……。今までも扉を開けていたことはあるけど、ロロナは逃げ出したことなかったから、それ以来母は自分を責めちゃて、ロロナが死んじゃったらどうしようって……。

私も回覧板持っていくだけだったら、玄関を開けっ放しでいくと思うし、母は悪くない。――あ、ロロナっていうのはいなくなった犬の名前」


「今までは逃げたことなかったの、やっぱりゴールデンレトリーバーは賢いねー」


「うん、本当に賢いしおとなしい()なの、新聞持ってきてくれたり、朝起こしてくれたりして人間の言うことをよく理解していて……だから道に迷って帰れないってことはないと思う」


 佐倉の言葉には愛犬を信じる絶対の自信があった。


「さらわれたとか……ないのかな……」


 聞いていい質問なのか、思案したができるだけ可能性を絞るのが、推理の鉄則だろうと考え天音は聞いた。


「それはないと思う、子犬だったらともかく、ロロナは七歳になるの。人間でいったら五十歳ぐらいだから、――さらう方だって小さくてコロコロした子犬の方がいいでしょうから……」


「そうだよね……さらわれたんじゃないとしたら、他にロロナが行きそうなところに心当たりがないかな」


「行きそうなところ? 行きそうなところ? んー」


 佐倉はうなりながら考えた。小首をかしげながら考える姿も絵になるな、と天音は思った。


「行きそうかは分からないけど、ロロナが好きな場所ならあるわ。そこはまだ探してないからもしかしたらいるかも!」


「それはどこ?」


「私の家から、車で十五分ぐらいいったところに大きな公園があるの、たまに遊びがてらそこまで歩いて行くの。もしかしたらそこにいるかも!」


「うん! そこに行ってみよう。あ、だけど車がないといけないんじゃあ……」


「ここからなら電車で行けるから大丈夫、家からよりここからの方が近いから」


 心なしか佐倉の声が弾んでいるように聞こえた。その公園にロロナがいる気がしてならないのだろう。そういっている間に、駅に着いた。

 ベストタイミングで電車が来ていた。二人は止まっていた、電車に飛び乗った。


 天音の家がある方向とは、反対方面に電車は動き出した。長い間この街に通っているが、こっちの方面の電車にはほとんど乗ったことがなかった。天音にしたら、小さな冒険だった。



 二駅目のK駅というところで、佐倉は立ち上がった。


「この駅だよ」


「本当に近いね」


 利用客が少ない駅なのか、数人しか降りない。サラリーマン風の人ばかりなので、ビジネス街なのだろうか。駅を出てすぐのところに、ビジネスホテルがあった。

 

 そのビジネスホテルの看板にはWi-Fi使えますと、大きく書いている。今の時代Wi-Fiを使えることが前提で、ホテルを選ぶ人もいるぐらいだ。Wi-Fiを使えなければ、利用客も減るのだろう。


 会社のビルがあるだけで、他に何もない、ビジネス街だった。佐倉があると言わなかったら、大きな公園があるなんて信じなかっただろう。


「こっちよ」


 佐倉は指をさして歩き出した。天音は歩き出した佐倉の後ろに一歩下がって、影のように付いていく。周辺を見ると、仕事終わりに集うであろう、居酒屋が数軒、密集していた。

 

 夜になると、酔っ払いが公園にたむろするのではないか、と酔っ払いのシルエットを頭に浮かべた。この場所に公園を作るのは治安的に大丈夫なのだろうかと、天音は少し心配になった。


 佐倉に付いて歩くこと五分、何もない、――本当に公園があるのか疑いの心が芽生えてきた。こんな状況で嘘をついても仕方がないので、疑いの心を拭い去ることにする。


 そして、角を曲がったその時、「あそこだよ」と指をさして佐倉はいった。


 目の前に大きな外灯が、野球グラウンドのように並ぶ緑が茂った公園が現れた。


「佐倉さんごめん……」


「え? 何で謝るの?」


 佐倉は意味が分からないという顔を天音に向けた。

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