第九十五話「復活の最悪」
このような混乱時にあっても、ベルナール生活はさほど変わりはない。出勤時間を若干早めて、北ギルドの裏にあるレ・ミュロー対策本部に顔を出す。
「大変です!」
「どうした、血相を変えて……」
数名の職員たちに囲まれていたエルワンが、ベルナールの姿を見咎める。その表情は蒼白であった。
「今確認中ですが、昨夜街で数人が殺されていました……」
「なんだと!?」
「犠牲者は冒険者ではありません。ただの民衆です」
「ゴースト――かっ!」
「惨殺ですよ――、まさか街中を狙ってくるなんて……」
これが本来の幽鬼伝説であり、だからこそ恐怖の対象となった。十八年前にこの街を襲った悪夢が再び蘇る。
「目撃者の話では、相手は人間と同じような背格好だったそうですが」
「その程度が本来の幽鬼なのさ。このあいだ現われたようなデカイのは特別だよ」
大型のゴースト体にはなれなくとも、人間サイズほどの一体であれば復活は可能だったのだ。
夜の街が狙われている。ベルナールの脳裏にマダムシャングリラの姿が浮かんだ。
「街の警備も考えなくてはなりません。夜間外出禁止と戒厳令を――、犠牲者は屋外で襲われました」
王都ならば軍による戒厳となるが、この街での場合は冒険者たちによる戒厳となる。全ての権限、権利は中央ギルドの采配により発動するのだ。
「俺は今夜からシャングリラに行くよ。こんな状況だし客などいないからな」
「ぜひそうして下さい」
「ギスランたちは何をやっていたんだ?」
「城壁の警備ですよ。街中は契約に入っていないんです……」
「ったく……」
中央ギルドのお偉方を責める気にはなれない。海千山千のギスランにいいように丸め込まれたのだろう。
「これから契約内容の変更などは……」
「いいさ、街は俺たちで守る」
エルワンはローテーションが書かれている用紙をベルナールに見せた。そしてゴースト対策の説明を始める。
「夜間警備に回す為に、昼の戦力を裂かなければなりませんが」
「考えていたのか……」
「ギルドには資料や古い文献も色々あるのですよ。読み込んでいたのが役に立ちました」
「ふむ……。他のダンジョンから来た冒険者もいるから何とかなるだろう」
ベルナールは書かれている内容を見で追った。自分の役割を確認する。
「アンディックさんたちのホテルには、ロッティが説明に行っています」
「うむ」
エルワンは北ギルドのマスターではなく、既にこの街のマスターの顔になっていた。
「街中で本命を仕留めれば今後が楽ですから」
◆
ベルナールはセシリアと共に森の状況を見て回り、午後は街に戻る。警戒線から外れたセシール、アレット、ロシェルも合流した。
「あーあ、うちは閉店中だったから別にいいけど、全部の店が閉めるなんてねえ」
「それが戒厳令だ。夜間だけさ」
「早く普通に戻って欲しいわー」
セシリアは当然のごとくこの危機を乗り切れると思い、解決までの期間を問題視した。その余裕の態度は見ているアレット、ロシェルに安心感を与えているようだ。ただセシールは呑気な母親を見てやや呆れ顔である。
「お前たちはどうだ。魔物は倒したか?」
ベルナールは二人の弟子を見下ろす。
「小物を何体かです」
「訓練と同じ~」
アレット、ロシェル共に表情は明るかった。大人たちに囲まれながら様々な体験をしているに違いない。充実している顔つきだ。
「しかし、この相手にお前たちの出番はないなあ」
ゴースト出現により、子供は早い時間に帰宅させる段取りになった。
レ・ミュロー対策本部の一階で五人は昼の軽食をとる。今日は、レスティナは来ていなかった。
セシリアは店に帰り、セシールはアレットとロシェルを村まで送って店に戻り、夜に備えて休憩する。
ベルナールは自分の配置近くにあるシャングリラへと向かった。
◆
重い扉を開けると、受付にいた新人のシンディが、私服姿で立ち上がりお辞儀した。
「ベルナール様、お待ちしておりました」
「ん?」
「マダムから上にお通しするように申し使っております」
「……そうか」
一階の扉からはベテランのティルシアが出てくる。
「あっ、ベル!」
「夜はここに詰めるよ」
「助かるわ。私は家族と家に閉じこもる」
「ティルシア、街の闇には出るなよ」
「分かっているわ。ベル、店をお願いね」
「ああ、もちろんだ」
ティルシアは急いで愛する家族の元へと帰って行った。ベルナールとシンディは二階へと上がり、マダムシャングリラの部屋を訪ねる。
「来てくれたのですね」
「もちろんだよ」
レスティナは大勢集まった人の割り振りを指示していた。
「通いの女の子と男手がいない家族も店に集めました。シンディ、受付はもういいから厨房を手伝って下さいな」
「はい、マダム」
「ジュリアを呼んでも良いかな?」
「もちろんです。あなたに行ってもらおうと思っていました」
ベルナールを迎え入れる為だけに受付嬢を配置し、来たらジュリアの元に行かせようとレスティナは采配考えていたのだ。
「ベルナールさん」
振り向くと少年の魔導闘士がいた。
「ディオン、来てたのか」
「レイルシーさんに行けと言われました。シャングリラを、命を賭けて守れと」
「ははっ、気概の問題だよ。お前はシャングリラの子だからな。そのまま受け取るな」
「はい」
「手伝ってもらえるか?」
「もちろんです。何でも言いつけて下さい」
「助かるよ。男がいれば女たちも安心する」
これはお世辞ではない。たとえ子供であっても魔力持ちならば戦力なので、ゴーストが出たならば女たちを守る為に戦わねばならないのだ。




