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第九十二話「名声への駆引き」

「御苦労だったな!」


 ジェリックが夕刻に偵察を終え根城に帰還すると、部屋の主は満更でもない表情で声を上げた。中央ギルドからの呼出しは首尾良く進んだらしい。


「はははっ、まさか魔境大解放ダンジョン・クライシスとはな。ゴーストの奴ら、素晴らしい切り札を持っていたじゃないか!」


 御機嫌のギスランはそう言ってジェリックを出迎える。


 異変を察知したジェリックは自ら現地に赴いて偵察を敢行した。そして第一報を伝えた後、再び森に入り戦況を伺っていたのだ。


 ゴースト事件はもう終り、このまま何事もなく忘れられるだけと密かに願っていたジェリックの淡い期待は打ち砕かれた。それも最悪の形でだ。


「なんだ、浮かない顔だな。座れよ、お前も一杯やれ」

「はい……」


 ギスランは小さなウイスキーのグラスをだして、琥珀色の液体を半分ほど注ぐ。


「前祝いだ。ギルドのボンクラどもと話をつけてきた」


 そう言って差し出したグラスをジェリックは渋い顔で受け取る。


「俺たちの仕事は城壁の警備としてきたぞ」


 仮に魔物の群が城壁間際に迫ったとしても、今の戦力ならば撃退は可能であろう。積極的に攻撃に参加するのは、その後でも遅くはないとの計算だ。


 それゆえにギスランのパーティーは動かず、ゴースト事件の時のように城壁の警備を買ってでたのだ。もちろんギルドから報酬は支払われる。


「そうですか……」


 だがパーティーの、特に若手から不満が噴出するのは目に見えていた。街の冒険者たちが外で戦っているのに、何故俺たちが警備なのかと。


「何なら俺が前線に出てもいいぞ?」


 ギスランの言う前線とは城壁の上のことだ。今のボスはそんに所に行くのがせいぜいであった。


「既に状況は変わりつつあります……」

「何だと?」


 ギスランは御機嫌な気分に冷や水を掛けられたように、不快な表情になる。


「どういうことだ?」

「増援が来ましたから……」

「増援!? こんなに早く? いったいどこからだ?」


 増援ならば王都からなのであるが、問題は所属と平時における持場である。ギスランは聞かずにはいられない。


「分かりません。近場にいた部隊なのでしょうが……」


 ジェリックは、あの(・・)部隊だと思ってたし、所属も想像出来た。しかし知らないフリをした。


「だろうな。近くからなら寄せ集めの雑兵だろうがっ! 兵力は?」

「二十数名の騎士団に重武装の騎馬隊が五十ほどです」

「騎士だと?」

「まだ若年(じゃくねん)ばかりのようですが……」

「ふんっ! お坊ちゃま、お嬢様の集まりか――。しかしなんでこんな所に」

「近くで訓練をしていたようです。たぶん……。ゴースト戦に参加した者もいるかと」


 ジェリックはとぼけて言葉を濁した。ギスランはまさかと思いつつ不安げに問いただす。


「まさか、このまま開口を封鎖しちまうなんてことは……」

「部下たちから聞いた話でも、そこまで優勢ではないようです。しばらく森での野戦が続くでしょう。状況は膠着するかと思います」

「脅かすなよ……」


 ギスランはホッとしたようにふんぞり返る。そしてウイスキーのグラスをあおった。


「ギルドがうるさく言ってくるが、しばらくは高みの見物だな……」

「しかし奴ら王宮騎士団(ロイヤルナイツ)の正装を羽織っています。ただの部隊ではありませんよ」

「ガキばかりだと言っただろ? 国境が近いこの街で軍や騎士団の大軍勢など動かせん。だから騎士が少数なんだよ。大袈裟な恰好をしているのは、王都はしっかりやってますとアピールする為さ……」


 ギスランは自分を説得するように言う。そして再びグラスに口を付けてから、ジェリックに向けて掲げて見せた。


「これからどうなると思う?」

「この人数で持久戦に持ち込まれては、体力を消耗してギルドは押される一方です……」


 時間は魔物たちに味方する。更なる増援が到着するまでが勝負だ。しかし同じ大解放(クライシス)の危機に直面している王都がどこまで応援を出せるかは微妙だった。他の街から冒険者たちを集めて鎮圧している状況なのだ。


「そうさ、街の城壁近くまで魔物が迫ってから、俺たちが打って出て街を守る。もちろんギルドに特別なクエストを発動させてだ。金と名声が一気に手に入る」


そう言ってギスランは愉快そうな笑みを浮かべた。


「しかし……」

「ゴーストだって街に手は出さないと言っていた。それに奴らは底が知れん。更に次の手を考えているかもしれんぞ!」

「それは確かに……」

「今は待ちさ……」


 ベテラン冒険者の勘が、まだ何かが起こると言っているのだ。歴戦の勘は伊達ではない。ジェリックとて何かの次があるのでは? とは思っていた。ゴーストたちは本当に底が知れない存在だ。


「そして何か分からないが奴らは目的を果たして引き上げる。それで終りさ……」

「目的とは何でしょうか?」

「知るかよ。あっちこっちにダンジョンを開いて魔物を増やしたいんだろ? あいつら魔物の体を乗っ取って生きているんだからな。しかしこの街はダンジョンがもういくつか増えても十分に耐えられるさ。最近の不景気でどれだけ冒険者たちが惨めな思いをしているか知ってるだろ?」

「それはそうですが……」


 確かに昔は景気が良かった。クエストの数が減って街を離れた冒険者も大勢いる。


「俺はこのサン・サヴァンを救う英雄だ。昔のような活気のある街に戻って誰が文句を言うっていうんだ?」


 戦いがなければ食えないのが冒険者だ。このような危機に見舞われ、命を賭けて戦ってるのに皮肉な話でもある。


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