第九十一話「離反する冒険者」
ロッティがやって来てベルナールの姿を見咎めた。戦いは小休止であるが情勢は今も動き展開している。
「ベルナールさん。中央からの伝令を持って来ました。ギルドマスターから御同行して頂くように申しつかっております」
「分かった」
「私も行きます」
「ええ、ぜひ」
ベルナールに続きセシールも立ち上がった。ロッティとセシールは、今日は一日同じ配置で警戒していたのだ。
「二人共、学校がお休みなら明日もギルドで待ち合わせね」
この騒ぎの中で学校は休校となるだろう。アレットとロシェルを見送ってから、三人は作戦室になっている二階へと階段を上がる。
エルワンがベルナールたちを出迎えた。後では中央、東西北の職員が冒険者パーティーのリーダーらと打ち合わせをしている。
「各ギルドの機能の一部をこちらに移したのです」
隣室に案内され、皆は大きなテーブルを囲む丸椅子に腰掛ける。
「この建物がレ・ミュロー対策本部となります」
「ん?」
「ああ、レ・ミュローです。北東新ダンジョンの名前ですよ」
「そんなことばかりギルドは仕事が早いな」
「もう決まっているんです。リストを初めて見ましたが順番に十いくつまで名称があるんです」
「何だと?」
「昔はここに次々と新ダンジョンが開くと考えられていたんですね。たぶんその名残ですよ」
「これから次々に開くなんて、冗談じゃないぞ……」
あるいは人為的に開口するつもりだったかだ。しかしその計画は中止された。そして今日、何者かの手により新たな口が現われた。
「それはさすがにないでしょう。それにしても困りました。思ったよりも人が集まらないんですよ。明日になれば――」
「すぐにこれ以上の増援は期待出来ません。しばらくはこの戦力で戦って欲しいと中央ギルドで言われました……」
エルワンの言葉を遮り、ロッティは自分の責任ではないが、申し訳なさそうに言った。続いて指示書を差し出し、受け取ったエルワンの顔が怪訝に歪む。
「ギスランのパーティーは参加しないだって?」
「はい、街の防衛に徹するとかで……」
「ばかな!」
それは、かつてベルナールと共にダンジョンで戦っていたベテランの名前である。今は同じく元冒険者となり、パーティーを組織して多くの冒険者たちを束ねていた。そのリーダーが中央ギルドの指示に逆らっているのだ。昔からそんな奴だったとベルナールは思い出した。
「しかし無理矢理戦いに参加させる訳にはいかんだろう……」
ギルドと冒険者は主従関係にはないので、無謀なクエストは断れるし無理強いは出来ない。その辺りは命令系統がはっきりしている軍とは違うのだ。だから戦わないとの選択もある。
「おかしいわ?」
「ん? どうした?」
セシールは思い出したように言う。
「フィデールたちのパーティーも来ていないのよ。それにあの辺りの領地出身の冒険者たちも姿が見えない」
なかなか人手が集まらないのはそのせいなのだ。二つの勢力が独自の考えで動いている。
「彼らはブランシャールの領地を防衛すると言っているそうです」
「なんて勝手なことを……」
ロッティの説明に、街が壊滅してなんの領地かとエルワンは憤る。二人はギルド側の人間だ。気持ちは分からなくはないが、ベルナールとしてはギスランの判断も完全な間違いとは言えなかった。
「仕方ない。しばらくは手持ちの戦力でやるしかないだろう」
「しかし……」
エルワンは今後のやりくりを思ってか、半ば呆然としていた。
「しばらくは現状の維持に徹する。アンディックが連れてきた者たちは強力だ。時間を稼ぐぞ!」
戦わない選択。しかし冒険者の本質はそれを許さないであろう。いずれ所属する冒険者たちが、この一大事に続々参加するとベルナールは考えていた。
入室して来た職員が青ざめた表情でエルワンに報告書を差し出す。
「死亡が一名に怪我人が三名です――」
「何だと!?」
「森で出会い頭にB級と遭遇したそうです……」
久しぶりにこの街が経験する犠牲であった。
◆
「それじゃあ、私も帰るわね」
「ああ、また明日にな。セシリアに、明日も出ろって念を押しといてくれ」
「あはっ、街の――、店の危機だし機嫌が悪くても来るわよ」
「まあな」
「ベル……」
セシールを見送ったベルナールは後から声を掛けられた。
「レスティナ、御苦労だな」
「ううん、私たちにはこんなことしか出来ないし……。私は先代からの決まりを受継いだだけ」
「立派だよ」
シャングリラは今夜もいつもと変わらずに営業する。激しい戦いのあった夜に、店は客で賑わう。
そして今日死の淵に立たされ、心が折れた冒険者たちも明日は再び立ち上がり、魔物の群に挑むのだ。
薄暗くなった街の通りをベルナールは歩く。昼間は外に溢れていた民衆は、今は家に閉じこもっているようだ。
「ギスランか……」
あの男は自分とは違うタイプの冒険者であった。ベルナールは昔なじみの冒険者の顔を再び思い出す。
ギスランのパーティーとおぼしき冒険者たちは、街の城壁の上に点在し松明を掲げていた。いかにも街を防備していると振る舞っている。
これはこれで街の住人の安心に繋がるので良い。探査を使い警戒をするのでまったくの無駄ではないのだが、問題の本質は城壁の外なのだ。
「あいつ、何を考えているんだ……」
そして森の中に踏み留まり戦う、冒険者と若き騎士団たち。本来街を守っているのは彼らで、ギスランのパーティーは実質無為なアピールをしているだけだった。
「いや……」
しかし夜間に活動する魔物もいる。先日退けたばかりの最悪の連中だ。
◆
ベルナールはいつものようにギーザーを訪ねた。こんな時でも習慣は変わらない。
「聞いたよ、御活躍だったそうじゃないか?」
「でもないよ。アンディックとセシリアに助けられてばかりさ」
そして今夜も出されたビールを美味そうに飲む。
「昔と同じでけっこうじゃないかい」
「ああ、しかし犠牲が一名でた」
「そうか――」
マスターは沈痛顔つきになる。どこかの店の常連客が一人消えてしまったのだ。ベルナールもその店の今夜の状況に思い至った。
「ギスランのパーティーがだんまりを決め込んでいるらしい。何か聞いてる?」
「いや、あいつは昔から計算が先に立つんだよ。魔物は本能で狩るものなのにな。今もそうなんだろう」
「計算か……」
「大組織のボスにはお似合いなんだがな。こんな時にも計算さ……。バカな男だよ」
ベルナールも本能で戦い、デフロットとて本能に従いゴーストとの戦いを避けたりもしていた。しかし本能に従わず、つねに計算して行動する冒険者もいるのだ。




