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第九十話「御婦人たちの振る舞い」

 宵闇が迫り魔物の活動は鈍りつつあった。人の睡眠とは違うが、魔物にとっての夜は地から湧き上がる、ダンジョンに満ちる魔力を吸収する時間なのだ。


 冒険者たち、人間と同じで魔物の魔力も無限ではない。周囲からは目に見えてその姿が減り始める。


 一部はダンジョン内に引き上げるのだろうが、一部は荒野と森に留まり人間の侵入に睨みをきかす。動かなくなった魔物であっても人の魔力に反応し活性化するので、うかつには近づけない。


「今日はここまでか。引き上げよう」


 ベルナールは周囲を見回し、出来る範囲を探知で調べいつものように森のざわめきの中から戦いの気配を聞き分けた。苦戦する冒険者は周囲にはいないようだ。


「なんとか耐えきりましたね。この街の冒険者たちは昔から頼もしいですよ」

「当然だ。ここはダンジョン街だぞ」

「ダレンス、部下たちをまとめてくれ」

「はっ」


 アンディックの指示に離れた場所にいる副団長が声を上げる。冒険者たちも戦いを終えて集合を始めた。



「くそっ、気に入らねえぜ!」

「どうしたの?」

「おっさんの方が俺より上手く戦えたっ!」


 デフロットはベルナールたちに聞こえるように大声で話をしている。


「何言ってるのよ。勇者パーティーは私たちみたいなパーティーだったの? 違うでしょ」

「制御を使えなきゃ魔力アシストを受けたって……」


 そしてベルナールの方を見やった。魔力を受ける側の制御に頼る場合と、魔力をアシストする側に頼る場合では違いがあるのだ。戦いの後の反省と検討は大いに結構である。


「気に掛けている冒険者なのですか?」


 そんな状況を楽しそうに眺めたアンディックは小声でベルナールに問う。


「少しな。俺は面倒見がいいんだ」

「ははは、ベルは昔からそうでしたね」


 アンディックの部下たちも集まり始め、レディスとアルマはベルナールを見て目配せをした。騎士団なのだし私語は厳禁のようである。


「私たちは中央ギルドに行きます。まずはこの街にやって来た経緯を説明せねば」

「ああ」

「では先行します」


 そして集合した騎士たちと共に飛び立つ。ベルナールたちは他の冒険者たちの撤退を確認しつつ北東の森を引く。


   ◆


 北ギルドの裏手にある集会所が臨時の対策本部として使用されていた。普段は酒場組合(ギルド)や商工組合(ギルド)、その他などの会議、街の集まりなどにも使われている施設だ。


 一階の一部は臨時の炊き出し所となっていて、隣の大部屋は待機室との張り紙が貼ってある。奥にある厨房から手伝いの女性たちが軽食やお茶を振る舞っているので、ベルナールとセシリアは若い者たちに混じって御相伴にあずかる。


「これは嬉しいわね」


 昼飯もなしに戦っていたので皆腹ぺこなのだ。


「本当は、私はあちら側(・・・・)の女なのよ。なんで冒険者なんか――」


 セシリアは一口食べてから突然に言葉を句切った。


「どうした?」

「――やっぱりこっち側がいいわ。こんな食事なんか……」


 そう言って一度手に取った、食べかけのサンドイッチを皿に戻す。


 手伝いの中にシャングリラの厨房スタッフと女性たちがいた。なんと奥にはレスティナ――、マダムシャングリラその人の姿も見える。


「だからって……」

「食べないなんて言ってないわよ!」


 セシリアはやけくそぎみにサンドイッチを頬張る。


「このジャム高級品よ。ウチじゃあ絶対仕入れられないわ。あそこはスケベな男たちが、たくさんお金を落とすから、こんなのを出せるのよねー」

「……」

「それに高級ハム。ベルはいつもこんなのを食べていたのね。これじゃあお金も貯まらないわー」

「……」

「私と共同で倒したS級ドラゴンの報酬も、みーんな消えちゃったー」

「……」


 今日のセシリアは機嫌が悪すぎる。久しぶりの現役時代を思わせる戦いが、過去の思い出や不満を蘇らせているのかもしれなかった。



「あっ、ベルさん、お母さん」

「おっ戻ったか。さっ、食えよ」


 セシールたちが戻って来たのでベルナールはほっとした。


「あらっ、これ美味しい!」

「美味しいです……」

「おいし~」


 上々の評判である。セシリアは露骨に頬を膨らまして、不機嫌そうに残ったサンドイッチを口に押し込んだ。


「じゃあ、お先にね!」

「もう行くのか?」

「今日の戦いはもうおしまいでしょ。お店も休むから」


 そう行って集会所から出て行ってしまった。


「どうしたの?」


 セシールはそんな母親の態度を不思議がる。


「このあいだアンディックが、セシリアのシチューを旨いと言って、俺が最近まで一度も褒めていないと、いきなり言い出したんだよ。他にも色々さ……」

「あきれた。いつの話よ」

「それで御機嫌ななめなんだ。突然、思い出したんだろう。やれやれだよ」


 一応、シャングリラの絡みなどはごまかしつつ、ベルナールは説明した。そしてもう一人の当人の御登場だった。


「お茶のお代わりはいかがかしら?」


 マダムシャングリラが大きなポットを持って各テーブルを回っているのだ。


「もらおうか……」


 そして穏やかな微笑を浮かべながらベルナールのカップに茶を注ぐ。


「可愛らしいお嬢さんたちもどうぞ……」

「あがとうございます……」


 場違いとも言える雰囲気のマダムから声を掛けられ、セシールはドギマギと答える。


「ありがとう」

「ありがと~」


 アレットとロシェルにもお茶を振る舞ってから、レスティナは他のテーブルへと向かった。白い肌に長い黒髪がごく普通の平民服に映えている。生まれついて持ち、磨かれ抜いた貴賓が戦いに飲み込まれそうになった者たちの中で輝く。


「綺麗な人ねえ……。どこかのお屋敷の奥様かしら?」

「そんなところだろう」


 とベルナールはとぼける。当たらずも遠からずだ。食事にパクつく冒険者たちにお茶をついで回るレスティナはこの場で浮いているが、皆満更でもない表情である。


 守られる者と守る者たち。街が一丸となり危機に立ち向かっている情景であった。


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