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第八十九話「領主の立ち位置」

 フィデールたちは周囲を警戒しつつ、森の間道を問題の場所へと進んでいた。前方から猛烈な勢いで数頭の騎馬隊が迫ってくる。


「ちっ!」

「フィデール様……」


 苦々しい舌打ちを察して剣闘士(グラディエーター)のブノワがとりなすように促した。貴族のプライドが兵士と畜生に道を譲るという普通(・・)の行為を許せないでいるのだ。


「分かっている!」


 フィデールは忌々(いまいま)しいとばかりにそう吐き捨てる。戦いの最中、頭に血が上っている騎兵と騎馬に喧嘩は売れない。


 そして四人のパーティーは脇に寄って道を空けた。その狂ったような走りは事態の切迫を想像させるには十分だ。


「マリーズ。周囲の状況はどこまで見えるか?」

「はっ、はいっ! 冒険者は森の中でほとんどが戦闘中のようです。あの騎馬は途中で分岐し別の道から前線に進むかと……。同じように機動している騎兵が多数おります」

「そうか……」


 魔法使い(ウィザード)のマリーズは特に探査に秀で、このパーティーの目のような存在だ。


「それと、空飛ぶ魔物が上空を接近中です」

「分かった……」


 フィデールは背から矢を抜いて弓にセットする。そして木々のあいだに見える小さな空に向かって引き絞った。


「捉えました。そろそろですね――、どうぞ」


 魔導士(ソーサラー)のセレストはいつもフィデールの攻撃を魔法で助ける存在だ。


「今です」


 合図と共に矢を放たれた矢は途中で軌道が変化し、木の陰に隠れる。


「命中しました」


 攻撃は誘導され視界が妨げられた見えない魔物を仕留めた。


「この先には魔物が多数おりますが、森の中での接近戦は……」


 剣闘士(グラディエーター)のブノワはこのパーティーで近距離での攻撃、防衛を担当する存在だ。それ故に不安げにフィデールの次の言葉を促した。


「心配するな。状況は分かった。そろそろ引き上げるぞ」

「はっ!」

「偵察ならばこれで十分だ……」


 あの土煙は魔境大解放ダンジョン・クライシスであり、間違いなく多量の魔物が地上に湧き出していた。この森での慌ただしい動きがそれを裏付けている。


 意外なのは前線へと飛んでいった騎士らしき者どもと、森を動き廻って魔物を追い立てる騎馬群の存在だ。この危機を前もって予測していたとしか思えない手際の良さだった。


   ◆


 フィデールたちはブランシャール家の屋敷へと帰還した。周辺では複数の冒険者たちが警戒態勢をとっている。


 離れの建物にあるパーティーが打ち合わせなどに使用している部屋に入ると、テーブルの上には街と領地が描かれた地図が広げられ、主要メンバーとなった四人がそれを取り囲む。


 今やフィデールのパーティーは、その総数が五十以上にまで増えていた。


 マリーズが赤く塗られている小石を荒野と森の中にいくつも置く。続いて配置する白い小石は人間側を表わし、ギルドの冒険者と謎の戦力を表している。一つ石が五程度の個体数と決められていた。


「状況を聞かせてくれるか?」

「はい」


 そしてフィデールの問いに返答しつつ、続けて大きめの石を一つ荒野の部分に置く。現在街と領地を襲っている危機が可視化された。


「探索によれば新開口らしき場所はこの位置です。冒険者たちは北東の森に分散して戦っています。警戒線はこのラインですね……」


 マリーズは街の近くにずらりと並べた白い小石を指差す。森の小石は無秩序に分散している。


 そしてブランシャール領に点在する白石は五十人ほどになった傘下の冒険者たちだ。


「これは?」


 街のすぐ近くにもいくつもの小石が並べられていた。


「先ほど街の様子を見てきた者から聞きました。警戒の為、街に留まって城壁に展開しつつある冒険者たちです」

「ギスランのパーティーか……」


 ブノワの説明にフィデールは唇の端をつり上げる。目的は違えどギルド二大勢力は、今は同じ方向へと進んでいた。



 突然の扉がノックされて屋敷の老執事が入って来る。この屋敷に残るお目付役のような存在、フィデールにとっては目障りな存在であった。


「失礼いたします。お坊ちゃま――」

「どうした?」

「――御館様から(レター)が届きました。近々帰領(きりょう)するとのお話です」

「なんだと?」


 ダンジョンクライシスは今日起こったのだ。いくらなんでも――、と思ってからフィデールはゴーストの件だと思い出した。この地に帰る理由としては十分だ。


「こちらを……」


 フィデールは差し出された文を受け取ってざっと内容を確認する。


「分かった……」

「では……」


 執事はうやうやしく一礼をして退出した。



 父親があと何日で自分の前に現われるかは分からないが、その時を想像してフィデールはウンザリする。今の行動に対して領主の父が、どうのこうのと言うのは目に見えていた。


 説得する自信などないが、なあに――、そう思ってからある考えが頭をよぎり自然にフィデールの頬は緩んだ。


 この際だ。父親を我の配下で取り囲み、屋敷を五十人の冒険者で包囲して威嚇すればどのような顔をするのだろうか? そう妄想すると高笑いしたくなったが、フィデールは気持ちを落ち着かせる。


 どうせ国の為、街の為だの説教するのだろう。なぜブランシャールを慕う領民を第一に考えてはいけないのか理解できない。


 どいつもこいつも王都に行きそのように考えを変え骨抜きになる腰抜けばかりだと、フィデールは遠く離れた王都を呪っていたのだ。


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