第五十五話「身の振り方」
ブランシャール・フィデールは自分一人が蚊帳の外に置かれていると感じていた。
聞かされていた通りにゴースト騒ぎが起こり、そして気味悪い伝令の小鳥も再びやって来た。
しかし奴らは、真の目的は相変わらず曖昧にしている。フィデールはそれが何かを知りたかった。
そして今、パーティーの四人で深い森の中を北東へ向けて進んでいる。目立たないために徒歩の移動だった。
「リーダー。もうこれ以上は……」
「ちっ!」
横に並んでいる、剣闘士のブノワが不安げに言う。ギルドが立ち入り禁止区域に指定した場所に入り、もうしばらくたつのだから無理もない。
「お前たちはもういいぞ」
「しっ、しかし……」
後ろに付き従う魔法使いのマリーズも、魔導士のセレストも共に不安げだ。
確かに彼らがいては、接触対象者は姿を現さないだろうとフィデールは思い直す。
「大丈夫だ。先日も奴らとは話をしている」
ブノアの心配をフィデールは打ち消す。ゴーストとの接触は秘密事項ではあるが、パーティーのメンバーには、あいまいに話をしていた。
彼らは仲間ではない。領地の平民、絶対的服従者なので秘密は完璧に守る。
「ここからは一人が望ましい。ここで待て!」
「はい……」
ブノアはそう返事をし、マリーズとセレストは声を出すのは危険だとばかりに無言で頷く。女子の二人は心底ゴーストに怯えていた。
そして魔物すらもゴーストに怯えているのか、気配皆無の森をフィデールは一人で進んだ。
《何をしに来たのだ?》
突然フィデールの脳に、魔力伝達の声が響く。あの小鳥とは違う声だった。しゃがれた地の底から湧き上がるような気味の悪い声だ。
「いつも御訪問を受けているのでね。たまには、と思いこちらからやって来たのだよ。気まぐれさ……」
ここは敵地とも言えるが、フィデールは虚勢をはり貴族の威厳を崩さずに言う。
《小僧――っ。そんな指示は出していないぜ!》
これは以前も聞いている小鳥の声だった。
「それはおかしい! 私たちは対等な――」
《対等?》
フィデールは背後に気配を感じて振り返る。
「ひっ……」
そこには一つ目の巨人サイプロクスが立ち、胸に張り付いた男の眼球が見下ろしていた。
この距離まで、まったく気配を感じなかったフィデールは、思わず小さな悲鳴を上げてしまう。
続いて側面からヒュドラが現われる。九つある首の中心の一本、蛇の頭部にもやはり人の顔があった。
《用があればこちらから出向くと言っていたはずだが?》
このヒュドラがしゃがれ声の主のようだ。そして逆の木々の間からワイバーンが出てきた。
《これが対等か? 俺たちの気分次第で、お前さんは細切れだぜ……》
いつもの小鳥の声だ。本体はワイバーンだったのだ。
ゴーストたちは包囲するように姿を現した。気が付けば袋の鼠だと、フィデールは小さく狼狽して、それぞれに張り付いている人の顔を順に見やる。
「ただの挨拶さ。私は命令されるのに慣れていないのでね……」
反射的に剣に手を掛けそうになり、慌てて敵対しないとばかりに話を始めた。フィデールとて、ここで戦って勝てるとは思っていない。
《この田舎貴族風情がっ!》
突然背後からサイプロクスの巨大な手が、フィデールの頭をワシつかんで持ち上げる。三体のゴーストに囲まれて罪人のごときに吊された恰好だ。
「くっ、これほどに手荒い歓迎を受けるとはね。この東北の森に何があるのかな?」
相手を怯えさせようと、暴力をチラつかせる相手の思い通りに答える訳にはいかない。
フィデールはあくまでもこれは対等な話し合いだと思っていた。努めて冷静、余裕を装う。そして相手が答えられない質問を投げかけた。
《小僧――っ!》
《調子に乗るなよ!》
ワイバーン、サイプロクス共に思い通りに反応しないフィデールに苛立ちを隠さない。そして――。
「この三体が戦力の全てか?」
隠し事をしている相手から真実を聞き出す方法だ。全貌を隠したい相手の弱みをつくのだ。ゴーストはたかだか三体!
感情を隠さないワイバーンがどのような反応をするかと、吊されたフィデールは不適に笑って見せる。
《……》
ヒュドラが首を傾げているのが見えた。しかし予想通りワイバーンは苛ついた様子で、フィデールの足元ににじり寄る。
《引け……》
そしてワイバーンは、その言葉に素直に後ずさる。このヒュドラがリーダーなのだ。
この窮地を、フィデールは情報が入る場とばかりに楽しむ。たとえ吊されていてもだ。
《下ろしてやれ》
リーダーの命令にサイプロクスは素直に従った。フィデールはドサリと地面に着地する。
「ふう、首が千切れてしまうかと思ったよ……」
そして大儀そうに首を回しながらヒュドラを睨んだ。
《我々を探索に来た者が二人、一人はベルナールという冒険者だ》
「ほう、元勇者が……」
《もう一人は強力なアーチャーだった。心当たりはあるか?》
意外にもゴーストは、そのもう一人の方を気にしている。ベルナールと行動を共にしていたならセシールなのだが―― 。
「弓使いに心当たりはあるがそれ程の力はない。別人だろう」
《ふむ……、王都からの増援は来たか?》
「いや、まだ来てはいないな」
《そうか……》
三体のゴーストにとっても、ベルナールとその一人は戦力的に手に余るようだ。
《油断していただけだ。次に会ったら殺してやるぜ!》
せせら笑うワイバーンを、フィデールは逆に心の中で笑い返す。その弓使いに心当たりがあるが、ここで話す義理もない。
相手が情報をよこさないならば、こちらも与えないだけだ。これが対等な関係だ。
その人は幼少の頃に憧れていた弓使いだ。だからこそフィデールも、弓使いを志し、弓使いとなった。
《行け。そして、もうここには近づくな》
「分かった……」
あくまでも、こちらに何か情報を渡す気はないようだ。フィデールも潮時と思い、三体のゴーストに背を向ける。
解放されたフィデールは、来た道を引き返して森の中を歩く。新たに得た情報を頭の中で反芻する。
ゴーストたちは荒々しい狂気を発散させてはいるが、それは下品で粗暴なだけだ。
「奴ら、小物か……」
そして貴族に良い感情を持っていない輩だと分かる。
本体と会っただけでも上々の成果だと、フィデールはニヤリと笑う。様々な情報を得た。ゴーストたちの素性もだいたい分かってきた。
そして今更、体の芯に思い出したように悪寒が走る。自身の手を見るとブルブルと震えていた。
気配を消して背後に立つ能力。圧倒的な欲望を隠そうとしない狂気の存在。それが伝説となったゴースだった。
「くっ……」
フィデールは深く息を吸い込んで吐き出す。あのゴーストたちは凶暴なだけの獣だと自分に言い聞かせる。
手の震えは止まった。
下僕たちに無様な姿は見せられない。フィデールはこの地を統べる貴族なのだ。




