第五十一話「それぞれの思惑」
窓がコツコツと叩かれた。三階の窓がだ。ジェリックは苦々しく思うが、舌打ちしたい気持ちを抑える。
根城である建物の三階の一室。今日の報告と明日の予定を打ち合わせている最中であった。
ギスランは顎をしゃくる。
「開けてやれ」
「はい……」
ジェリックが歩み寄り窓を開け放つと、一羽の小鳥が室内に飛び込んだ。分厚い天板の大きなテーブルの中央に降り立ち、ギスランの方を向く。
「ふん――」
ギスランはその小鳥を眺めて鼻を鳴らし、ジェリックは窓を閉めてその小鳥を睨んだ。
二人の人間、一羽の小鳥。もう何度目かの不思議な空間を沈黙が支配する。
「久しぶりだな……」
ギスランの一言の後も沈黙は続く。ジェリックもだが、その沈黙に耐えられないとばかりにギスランはイラつき声を荒げようとする。
《この体には慣れないのでね。失礼、もう話せるよ》
鳥の胸に小さな、小人のような顔が現われた。
「チッ!」
ギスランが舌打ちする気持ちは分かる。いつ聞いても嫌な声、いや頭の中に直接響く声は、もう声とは言えない。
気分が悪くなるのはこの声ばかりではない。相手が小鳥だからでもない――。
「ゴースト……、冒険者に見られたな?」
《たいした問題ではない》
――それは相手がこの世界で、幽鬼と呼ばれている存在だからだ。
「中央ギルドから街の警備要員を出してくれと言ってきた」
《それはけっこう。せいぜい稼ぐといい……》
「ああ、明日の夜からは部下が街の警備をする。くれぐれも――」
《分かっているさ。街に興味はない》
幽鬼が恐怖の伝説となったのは、闇に包まれた街で人を殺しまくったからだ。こいつはそれをしないと言う。
「ギルドは討伐に動くでしょうね。おそらくは――」
「またベルナールかっ!」
《なんだ、そいつは?》
小鳥は生意気にも小首を傾げた。
「十八年前に四人のパーティーで、五体の幽鬼を討伐した冒険者の一人だ」
それは、まだジェリックが冒険者になったばかりの頃の出来事だった。
ゴーストは誤認だったとギルドは発表したが、並外れた探査能力を持つジェリックは真実を突き止めていたのだ。
《昔の話だな。それに私たちはただの殺人鬼ではないのだよ。大丈夫だ》
「そいつはもう、ただの年寄りさ。心配するな」
《心配するなら王都からの援軍だ。誰が来るのか楽しみだな。くっ……》
小鳥はそう言って笑いそうになり、笑うのを止める。何か王都に遺恨がある奴なのか? とジェリックは想像した。
そんなことに俺たちを巻き込むなと言いたいが、それに乗ったボス、ギスランがバカなのだ。
「ギルドは北東の森を立ち入り禁止にするそうです」
「幽鬼がいるんだ、当然だろ? しばらく冒険者たちは近寄らない」
《それは上々》
「討伐隊の編成は先ですが、偵察程度はするでしょう」
「それはそうだろうな……」
《注意するよ。その程度の動きしかないか――》
その偵察隊の脅威に、ジェリックはあえて触れない。ギスランの部下としての、ささやかな抵抗であった。
《――少し遊んでやるか。我らを見た冒険者は逃げたからな……》
ベルナールは単独では動かないだろうし、西の先で行動している部隊のことは、まだギスランにも知られていない。
「目的はいつ達成するんだ?」
《もう少し時間がかかるな》
ジェリックの問いに、このゴーストは曖昧に答える。
《帰るか……。これでも色々と忙しくてね》
再び窓を開け放つと、とたんに小鳥は外に飛び出す。ジェリックは忌々しいと思いつつ窓を閉めた。
「ボス、少し話が違いませんか? この話はヤバすぎますよ!」
「ビビるなよ。俺たちが知っているゴーストとは違うんだろ?」
あのゴーストは、この国で伝説となっている殺人鬼ではないと主張している。自ら人に接触して正体を明かし、会話などもしているのだし確かにその通りだと、ジェリックも当初は思っていた。
「しかし……」
「あいつは王都から援軍が来るとも読んでいた。バカ野郎じゃないだろう」
「それはそうですが……」
「王都からはどんなのが来るんだ?」
ジェリックはどう説明しようかと少し考える。
「ゴーストは秘密裏に処理するのが鉄則ですから軍の部隊は動員しないでしょう」
「ふむ……」
「騎士団から少数を抽出するか、もしかすると特別に編成している暗殺部隊のようなものがあるかもしれません」
暗殺部隊とはギスランの想像だが、魔境大解放を短期間で封じ込めた、たいした被害も出さずに退けた王都に、どんな戦力があるのかは分からない。
「ふん。どちらにしろ、俺たちは高みの見物だ。いざとなれば、バックレればいいんだからな」
ギスランはあくまで楽観論だ。ジェリックはなんとかこの流れを変えたいが無駄のようだ。
「誰か死ねでもすれば、街は大騒ぎだ。警備の報酬も引き上げられるってモンさ」
そして、こんなことを平気で言う。ジェリックは暗澹たる気持ちになった。




