第五十話「それぞれの行動」
「ギルドマスターが直々に頭を下げたぜ!――」
バスティたちがいつもの酒場に入ると、デフロットがいつものように、何やら大きなことを言っている。
いつもは呆れたような視線を送るマスターのエルネストは、今日はいつになく真剣な表情だった。
「俺がもらってくるよ、座ってて」
そしていつもの席に女子たちを座らせて、バスティは一人でカウンターに向かった。
マスターに人数分のビールを注文する。
「――探索隊を組織するから手伝ってくれとな!」
デフロットはまだ大声を出していた。
「何かあったんですか?」
「うん――」
エルネストは、トレーにビールが注がれたジョッキを載せて差し出す。
「奴さんが森でゴーストを見たんだとさ。それでギルドマスターに直接報告したそうだ」
「ゴースト! ――ですか……」
バスティにしても、思わす大きな声を上げてしまった。デフロットの大声も頷ける事件である。
「見間違いかもしれんが、本当だったら大変だよ。北東の森を閉鎖するそうだ。気を付けな」
「はい……」
厄介な話だと思いつつ、バスティはトレーを持ってアレクたちのテーブルに置く。
そしてとりあえず三日ぶりに乾杯をする。そして半分ほどを一気に飲み干しテーブルに置いた。
「ふうっ、デフロットがゴーストを見たらしい」
「えっ!」
「まさか!」
「こんな街にですか?」
アレク、イヴェット共に驚くが、リュリュの言葉は示唆に富んでいた。ゴーストは、今まではもっと大きな商業の街に現われていたからだ。
ここは冒険者の街だった。言うなればゴーストにとって周囲は脅威ばかりなのだ。
「明日から北東の森を閉鎖するそうだよ」
「この街は退屈しないわね。さすが冒険者の街よ……」
「アレク、西でゴースト騒ぎはあったっけ?」
「昔、私の産まれるよりずっと前の話よ。家の記録にも残っていない。だけどそんな時は王都から来たらしいよそ者が、何人も街にいたとか……」
「それが方針なんだ」
ゴーストが出現した場合、王都は速やかに処理の為の人員を送り込む。始末するか阻止する為だ。
各地方の街で人を殺しまくったゴーストは、最後は必ず王都にやって来るからだ。
しかしここは冒険者の街だ。商業の街ではない。
「あなたの家には記録はないの?」
「ないよ、記憶と口頭の伝承だけさ」
当時は軍人の貴族が夜の王都を警戒しゴーストを狩ったと聞いていた。そして若きバスティの祖父も参加したそうだ。
三体のゴースト討伐には成功したが、貴族は三名が殺された。
「私たちはどうしますか?」
リュリュが緊張した面持ちで言った。アレク、イヴェット共に、バスティに真剣な視線を送る。
「俺たちが独自に動くことはしないよ。あくまでこの街のギルドの指示に従う――。いや、これは個人的な意見さ」
あくまでこのパーティーのリーダーはアレクだ。彼女は最初バスティに発言させ、そして決定を下す場合が多かった。
「訓練の部隊とはいえ、近くに王都の騎士がいるのはついてたわ。彼らの動向も含めてしばらくは様子を見ましょうか」
これが結論だ。王都の部隊の存在。バスティは偶然にしては出来過ぎだと思ったし、アレクにしても同様に思っているようだ。
「おいっ、バスティ。俺たちは探索隊に参加するぜ! お前らも来いよ」
デフロットは椅子に座ってたまま、後ろを向いて声を上げる。
「うちのパーティーは様子見と決まったよ、ギルドからの指示があれば従う」
二つのパーティーは新階層の巨大ホールで共に戦ってから、よく話をするようになっていた。
「そのゴーストとやらはどうだったんだい?」
「さっきも言ったがなあ――、出来ればやり合いたくないな。A級の魔物を相手にしていたほうがナンボかマシだ」
店にいる冒険者たちは緊張しながらこの話を聞いている。いつもイケイケのデフロットが、気味が悪いほど慎重だ。
「北東の森にうっかり近づいて、首をバッサリなんてゴメンだぜ……」
誇張しているのかもしれないが、ギルドが立ち入り禁止にしたいアピールとしては十分だ。
明日になればこの話を知らない冒険者などはいなくなるだろう。ギルドの作戦勝ちだとバスティは思った。
◆
ベルナールはセシリアの店に来ていた。いつものカウンター席に座り、小声でギルドでの話をする。
セシリアの返答はにべもない。
「そんな約束に、もう効力なんてないわよ……」
それはベルナールにしてもその通りだと思っている。その約束の場にいたセシリアだって当然そうだろう。しかし事態を座視する訳にはいかない。
「街が狙われるかもな」
「それは困るわ……」
店を手伝っているセシールは厨房に籠もっている。洗い物でもしているのだろう。
「じゃあ、やるしかない。まずは偵察だよ。それぐらいなら、なあ……」
「しょうがないわねえ。でも今はもう装備も何もないわ」
「大丈夫だ。ギルドが貸してくれるから」
久しぶりに蒼穹の――女性の出撃だ。セシールが厨房からカウンターに戻る。
「セシール。エルワンから聞いた。明日から東北の森は立ち入り禁止だよ」
「何か大物でも出たの?」
近場にA級以上の魔物が現われた場合は同じ措置が執られ、実力十分のパーティーに対して討伐依頼のクエストが発動する。
「いや、デフロットたちがゴーストを見たらしい」
「ゴースト?! あれって伝説じゃないの?」
「さあなあ? 俺は探索を頼まれた。悪いがその日はまた三人で潜ってくれるか?」
ベルナールはゴーストの存在についてとぼける。しかし伝説とは得てして真実も多かった。伝説のSSS級の魔物も、見たことはないが現実の存在だ。
「それは構わないけど、得体の知れない話ねえ……。ベルさん、気をつけね」
セシリアが目配せした。母親の出撃は秘密の話だ。
「分かっているよ」
人は死ねば幽霊になるとは古くからある迷信だ。人間にも魔物と同じ魔核、魂があり、それは永遠に地上を彷徨うと言われていた。
そしてその魂が魔物を乗っ取り、幽鬼になると言われている。それは迷信の類いだとベルナールには分かっていた。
乗っ取る。そのような力を持つ人間がゴースト事件の元凶だ。ある魔力を持つ人間が、魔物の魔力と融合して幽鬼となるのだ。




