第四十七話「鬼と呼ばれる存在」
エルワンはギルドの二階、自室で書類と格闘していた。それは王都から来た監察官に提出する報告書などだった。
新階層で討伐した魔物の数、等級を記したリストと、冒険者たちに支払った報酬のリストを改めて見比べた。監察官の質問を想定して、回答をどうするか考え頭の中で反芻する。
ギルドマスターとなり、初めての行事なのでエルワンはそれなりに緊張していた。
そして新階層の地図を引っ張り出して眺める。
「う~ん……」
分かっている限り詳細に書き込みがされたこの地図に、できれば下層への新開口部の想定位置を書き込みたかった。
仕方ないが問題はない。書類の用意は万全だ。
そんなことを考えていると部屋がノックされ、エルワンは返事を返す。
「デフロットさんが、ギルドマスターに取り次いで欲しいと受付に来ておりますが……」
扉を開けた受付嬢は遠慮がちに言う。ベルナールは別だったが、普段はいちいち一般冒険者の訴えを取り次いだりはしない。
「どうしたの?」
「どうしても直接話したいと言って聞かなくて……」
「分かった。会うよ」
エルワンはそう言って立ち上がる。
新階層攻略クエストではデフロットたちにも働いてもらった。
態度と口の利き方はアレだが、この街の次世代を担うエースに変わりはない。要件の察しはついている。階段を下りながらそんなことを考えた。
「第六階層にはまだ大物も何も出てないよ。もし出たらデフロットとバスティのパーティーに声を掛けるから――」
「いえ、その話じゃなくて……」
「ん?」
対峙するなりデフロットはエルワンの予想を外し、そして妙に小声で話す。他のメンバーは離れた待合の長椅子に座って、心配そうに二人を見ていた。
「ゴーストを見た……」
「ゴースト――、えっ!」
えっ、の部分だけ思わず大きな声を上げる。
周囲に注目されて、エルワンたちはいつもベルナールと話をしている、部屋の隅にあるテーブルへと移動した。
「何かの間違いじゃないのかい? だいたいなんでゴーストだなんて……」
デフロットは詳細に北東での出来事を説明する。
「顔があった。ワイバーンの胸にだ」
『ゴースト事件』について、エルワンは一般人以上に詳しく内容を知っている。ギルドマスターなのだから当然だった。
森で冒険者を、街で一般人を次々に殺害したその殺人鬼は、幽鬼と呼ばれていた。
「確かにそういう特徴が伝えられているけど……」
「ビビる俺を見て笑いやがった。クソっ!」
二人はあくまで小声で話す。エルワンは一瞬どうしようかと考えたが、ギルドのマニュアルに対処方法があると思い出す。
「見たのは一体だが、その前は三体でつるんでいた。全部ゴーストだと思う……」
「分かった。可能性が少しでもあるのなら、注意喚起をしようか。明日にでも掲示板に張り出すよ」
「そうなのか?」
デフロットは拍子抜けしたような顔をする。秘密にすると思っていたようだ。
「もし本当だったら危険だしね。しばらく北東の森は立ち入り禁止だね」
「……何もしないのか?」
「探索隊は出すよ。立候補する?」
「うっ――」
デフロットは言葉に詰まった。この無鉄砲な若き冒険者が、本気で脅威を感じている。エルワンはこの情報は本物だと思った。
「正直に言って、人間の顔がある魔物なんて相手にしたくないけどな。だが必要ならば行くぜ」
「それでこそ冒険者だよ。これは中央ギルドに計らなければならない案件だ。段取りには時間が掛かる」
今日はこれから中央ギルドに出向いて報告だ。そして――、エルワンは頭の中で必要な作業をまとめた。王都にも早急に報告書を上げなくてはならない。
「それから酒場でもどこでも、話を広めて欲しいな。なるべく危険だと周知したいからね」
「分かったよ……」
デフロットは普段見せもしない、神妙な顔で頷いた。
「あまり話を大袈裟に――、でもこればっかりはしょうがないか。噂には尾ひれが付きものだしね」
「あんな化け物、普通の冒険者が森で鉢合わせしたらイチコロだぜ。どれだけ話を盛ったって足りない……」
「化け物か……」
連続殺人鬼と呼ばれてたゴーストは遙か昔に死んでいる。今回現われたゴーストの目的が殺人かどうかはまだ分からない。
それにしても王都の監察官が来るこの時期にかと、エルワンは憂鬱になった。
そして、またしてもベルナールの顔を思い浮かべていた。




