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第四十三話「魔物迎撃」

 今日の森の散策も特に変わりはなかった。ベルナールとディオンの二人は森を出て牧草地を歩く。


 ベルナールは長期戦なるのなら、街に残しているセシールと弟子たちが心配だ、などと考えていた。


「魔物が近づいて来ます」


 ディオンは突然立ち止まり、森を振り返った。


「うん? 分かるのか」

「はい、相手は一体で追っている人間が三人います」

「三人か……」

「あっ、停まりましたね。なぜかな?」


 ベルナールにはまだ何も感じられない。ディオンの探査力はなかなかだ。


「作戦会議だろう。獲物を持て余しているんだ」

「なるほど……」


 軍は二人では追い切れないと、変則の態勢で追っているようだ。しかしそれでも包囲出来ないなど、魔物もなかなか心得ている。


 おそらく決め手を欠いて、三人は追撃を躊躇しているのだろう。一応、開拓地には侵入させたくないと意図もあるようだ。


「少し待とうか……」

「森に入りますか?」

「いや、来るならば草原で迎え撃とう」


 ベルナールに対してディオンは先回りして話を進める。こんな会話は久しぶりの感覚だった。もう何年も一人でやっているのだから当然だ。


 この少年はクセなのか常にこの先の思考を巡らせている。パーティーには必要な人材だ。


 そして目標は動き始めた。


「むっ、俺も見つけた。接近中だな……」


 ベルナールも魔物と、戦いの魔力炸裂を感じ始める。


 これだけ闘志をむき出しにしている一団ならベルナールの衰えた能力でも、もう探知できた。


「面白いじゃないか」


 ベルナールは彼らが森から飛び出す場所に当たりを付ける。


「ここで待とうか。どう思う?」

「真っ直ぐこっちへ向かって来ます。この場所で正解です」


 二人の読みが一致した。


「うむ、やってみるかっ!」


 そう言ってベルナールは剣を抜き、ディオンもそれにならう。そして魔力を高め、魔力の制御に集中した。


「離れていろ。俺のなけなし(・・・・)の技を見せてやる」


 ある意味分かりやすい闘志溢れる力が接近して来る。どんな若き冒険者、ではなく兵かとベルナールは興味が湧いた。


「若い奴らばかりか? いや、指揮官らしいのが一人いるな……。来るっ!」


 一体のグレンデルが、森の中からが割って出る。三人の兵が敵から両脇に離脱しつつ続いた。


「分かってるじゃないかっ!」


 そう叫ぶと同時、空気を切り裂く音と共に、細い閃光が切っ先からほとばしる。それは最も強靱と言われている、グレンデルの胸板にぶち当たった。


「ちょっと上か……」


 ベルナールはそう言って軸線を下げる。閃光は腹を直撃してから消えた。グレンデルは動きを止めてから、纏う魔力が溶け始め体躯が崩れ落ちる。


「凄いっ!」

「いや、照準がズレたな。動く相手では集中が乱れるか。俺も年さ……」



 指揮官らしき男は魔核を回収する為、グレンデルの残骸に向かった。一方、他の二人は空中から下りて、遠巻きにベルナールたちを見ながら、何やら話をしている。まだ少年と少女だった。


「あんな子供も軍にいるのですね。僕よりは少し年上でしょうが――。それに軍服ではないのですね」

「ああ、目立たないように冒険者のような格好をしているのさ。正規の軍事行動ではないのだからな」


 若輩の兵だし、やはり訓練の為にこの地に来ているのだろう。


「ん?」


 少女の方が肩をいからせ、ズカズカとベルナールたちに向かって歩いて来る。


「獲物を横取りしやがって!」


 なかなか威勢のいい少女だ。しかし口が悪いのは頂けない。慌てて少年が駆け寄って来た。


「止めなって!」

「うるさい! 見通しがいい場所なら仕留められたんだ」

「だからそうじゃないんだ。森の中で戦う訓練なんだから……」


 少年も持て余し気味の威勢だ。ベルナールは少しからかってやろうかと、悪戯(いたずら)心がでてきた。


「この程度の相手に苦戦して、場所を選ぶなど半人前の証拠だな」

「なっ!」


 少女の顔が怒りでみるみる赤く染まる。


「気にするな。まだ若いんだから――。精進すればなんとか一人前になれるかもなあ……」

「ぼっ、冒険者風情が何を言うかっ! 私はもう正規の騎士だぞっ!」

「うーん、そなのか? 君たち、ここは個人の領地だ。そして俺は領主から傭われて脅威を排除したのさ。横取りと言われるのは心外だな」

「くぅ~~っ……」

「ぷっ、ぷぷ――」


 怒る少女に少年は笑いが抑えきれず口を押さえている。そして指揮官らしき男もこちらにやって来た。


「ご迷惑をおかけしましたね。魔核はおいていきますよ。敷地の中だからここの領主の戦果だ」


 いかにも軍の士官といった風貌だ。短く刈り上げた黒髪、日焼けした顔つき、岩のような体躯。そして魔核をディオンに差し出す。


 少女はベルナールを睨んでいた視線をそらす。指揮官の冷静さに当てられ、自身も落ち着きを取り戻してきたようだ。


「受け取ってくれ。いまはおまえがこの場の領地責任者だ」

「はい」


 ベルナールはディオンをうながした。正確に言うならベルナールはただの雇われ人、代理人となる。この地に住んでいるディオンが正式な交渉相手となるのだ。


「それにしてもこの技は、S級キラーか……」

「ん? なぜその呼び名を?」

「あ、いや……」


 思わず口にしたであろう言葉を、ベルナールは問いただした。指揮官は口ごもる。


「ダンジョンでの戦いで、強力な(スキル)をそう呼んでいる冒険者たちがいたもので……」


 確かにS級キラーの名前が出来たのは、もう二十年も前の話だ。王都の新ダンジョンで各地から来た冒険者たちと戦っていれば、どこかで耳にする機会もあったのだろう。


「名のある冒険者とお見受けしますが」

「まあ、たいした名はないがな」

「我らは訳あって所属も名も名乗れません。失礼をお許し下さい」

「いや、俺にも軍務の経験はあるさ。気にするな」


 指揮官は部下たちに見せる為もあり、殊更(ことさら)ていねいにベルナールたちに接する。


 騎士の少女はまだ、ふてくされたような表情をしていた。少年は少女の動向を気にしているようだ。


「あんたらの駐屯地へ運んだ物資の護衛仕事もやったよ」

「おお、実は我らは先週来たばかりなのですよ。最近は若手の訓練も兼ねて我々が護衛をやっているのです」

「ん?」


 未確認開口部(ロスト・マウス)の探索で先週戦力を増強した? ベルナールは訝しむが顔には出さない。


「なる程ね。訓練か……」

「王都ではダンジョンでの戦いしか経験できないので。いつかは森に魔物が溢れる事態も想定しているのですよ」

「うむ。ともかくここの領地に魔物を追い込んでもらっては困るんだ。女子供もいるしな」


これは一種の殺し文句でもある。軍は王国民の安全を守るのが仕事だ。


「女も子供も戦えば――」

「気を付けますよ。南側は四人編成で当たらせますかな……」


 どうにもピントがずれる少女の言葉を指揮官は遮った。要はこの領地に魔物を追い込まなければ良いのだ。


「それがいい……」

「ではっ!」


 指揮官は一礼して去って行き、二名の部下も続いた。少年は同じく一礼するが、少女はベルナールを睨んでからプィと顔を背ける。



「これで俺の仕事は終りだ。あの男は上手く采配してくれるよ。一件落着だな」

「しかしあの少女はずいぶん……」


 ディオンの感想は当然だ。上官を前にしてのあの(・・)態度と、そしてその上官も特に気にもしていない。組織としては違和感がある。


「ああ、貴族なんだろ。騎士なんて言っていたなあ」

「そうなのですか?」

「ああ、大勢いるさ。ただ最前線に志願して、こんな訓練に参加するのは珍しいかな? それにあの年でなあ……」


 二人は集落へ向かって草原を歩く。貴族のわがまま娘を預かる、あの指揮官も苦労人だ。


「ディオンもその年で冒険者になろうとしているだろ? 貴族ならば軍なんだよ」

「僕はお金の為が大きいですが……」

「貴族なら名誉なのさ」


 なんだかんだ言っても冒険者は金で動く。それ以外の価値観に、軍と貴族の存在意義はあった。


 この国は王政であり貴族は統治の要だから、より強く、より名誉の為に戦うことが必要なのだ。



 村人たちが遠巻きにこちらを見ている。いきなり大型の魔物が森から姿を表したのだから当然だった。その中にレイルシーもいた。


「ご苦労様。終わった?」

「ああ、軍との話もついた。もう大丈夫だろう」

「仕事の依頼がなくても時々は顔を出してよ」

「分かった。反省しているよ。ディオンも学校が休みの時は街に顔を出すんだな」

「良いんですか?」


 ディオンはレイルシーの顔を伺い、彼女は頷いた。


「シャングリラに泊まれるし、俺のパーティーで活動すればいいよ」

「はいっ!」


 ディオンは一番の笑顔を見せた。レイルシーもこのシャングリラの子を応援するように笑う。



 翌日、ベルナールは惜しまれつつもシャングリラ開拓地を後にした。


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