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第四十話「思い出の地」

 翌朝、ベルナールは皆とギルドの前で待ち合せて、急な仕事が入ったと事情を話す。


「まあ常連の店の紹介じゃあ、断れないわね。その間は三人で仕事をするわ」


 シャングリラ関係の仕事だとは伏せた。年頃の女の子を無駄に刺激する必要もない。だからこそセシールも好意的な反応を見せる。


「お前たち。セシール姉さんの言うことをよく聞くんだぞ」

「はいっ」

「はい~」

「えっ? 姉さん?」

「そう呼びたいそうだ」


 ドギマギするセシールは笑顔を炸裂させる。


「良いわねっ! 師匠と弟子に挟まれて、私の立場は何なのかと思っていたのよ」


 確かに今までのセシールはこのパーティーに居場所がなかったように思う。ベルナールは全員の顔を見渡して頷いた。


「そう、姉さんねえ……」


 満更でもない表情を見て、ベルナールも微笑する。いくつかの戦いをくぐり抜け、この四人にも一体感がでてきたようだった。


   ◆


 皆と別れて、ベルナールは一人で西へと向かう。


 街道を歩くと北側に、森を背景とした小さな村が見えた。そこが思い出のシャングリラ開拓地である。


 二十数戸の農家が点在し放牧地には羊や牛が放され、豚を飼っている共同の畜舎(ちくしゃ)も見えた。


 川から引かれた用水路がため池に水を湛え、養殖の魚なども放されいる。小さな水田もあった。


 いくつかの建物が寄り添うようにかたまっているのが、この開拓地の中心部だ。そこを目指して歩く。


 若い頃に散財した金がここの開拓に使われている。そしてこの地の開拓では、ベルナールも魔物の掃討などを手伝った。


 体を壊して仕事を辞めた娼婦や、結婚をしたが働く場の見つからなかった夫婦、年老いて下働きなどもできなくなった者などの行き場として、先代マダムが私費を投じて作り上げたのがこの地だった。


「昔のままだ……。いや少しは広がったのかな?」


 ベルナールは記憶をたどりながら、その風景を眺めた。


 掘っ立て小屋に泊まり込み、毎日木を切り倒して汗も流した。当時のマダムシャングリラが、皆に声を掛けながら食事を配った。理想郷をつくる夢に、皆が燃えていた。ベルナールの若き日々だった。


 そして完成した開拓の村に、マダムは店の垣根を越えて、自分たちと同じ境遇の者たちを迎え入れた。


 集落の近くにある、小高い丘の上には花が咲き乱れていた。


 ベルナールは石積みの階段を一歩一歩と踏みしめながら登った。俺が積んだ石があると。マダムの亡骸を抱えてここを歩いたと。


 花畑の中には小さな石の墓標が置かれている。先代マダムシャングリラが眠る地だ。


「ジュリアに会ったよ……」


 ベルナールは跪く。


「元気でたくましく生きていた。俺なんかよりずっとね」


 ジュリアは先代が亡くなり引退した。まだここに来るのは早いと、あのような仕事をしてまだ街で暮らしている。


 丘を下り小道を歩くと花の手入れをする為か、老人が歩いて来た。そして立ち止まり、しげしげとベルナールを眺める。


「どっかで見たと思ったが、あんた昔客だったろう? 何て言ったかな……」

「ベルナールです」

「そうそう、確か勇者になった若僧だ」

「はい」

「もう少し顔を出すんだな……」

「すいません」


 老人は丘へと向かう。先代の引退と共に店を辞め開拓に志願した、店で下働きをしていた老人だ。



「レイルシー!」


 ベルナールは知り合いの女性を見つけて声を掛ける。会うのはもう何年ぶりのことだ。


「ベル! 来てくれたんだ」

「ああ、店からの依頼だ」

「懐かしいわあ……。さっ、入って」


 二人は村の共用棟に入る。村に必要な日用品を扱う店や、食堂、集会所、客の宿泊などの機能があり、ここで暮らしている者もいる。


 ベルナールはマダムからの紹介状を出した。


「うん、一応決まりだからね。でもベルが来てくれるなんてね」


 そう言って瞳から溢れ出た一滴を指で拭う。


「魔物退治ならば俺だろう」

「先代も喜ぶわ」

「もう挨拶してきたよ。喜んでいたか……」

「うん……」


 レイルシーはここのリーダー的な存在だ。ベルナールとは同年代で、先代マダムシャングリラの右腕だった。



 昼食をご馳走になり、ベルナールは森に入った。待つだけなど性に合わない。状況を把握せねばならなかった。


 未確認開口部(ロスト・マウス)からも遠く、地から湧き出る魔力も少ない森では小物の気配すら皆無だ。


 軍の連中が無闇に魔物を追い立てなければ、ここは静かな森なのだ。


 普通の獣の気配と鳥のさえずり。本来の森を堪能しつつ、ベルナールは奥へと進んだ。


 マンドレイクが生えているのに気がついた。害はないが一応は魔物だ。引き抜くと気味悪い悲鳴を発する。


 お茶になる葉が目に付く。珍重されている茸などもあったので、ベルナールはせっせと採取する。


「まるで駆け出しの頃に戻ったようだな……」



 集落に戻り共同食堂で夕食をとる。店などないこの村ではパンも共同作業で焼かねばならない。


 食事が終り皆で食器を片付けたり、お茶を入れたりしていると、レイルシーがそばにやって来る。


「ベル、紹介するわ。ここの冒険者なのよ」


 隣にいるのはまだ子供の少年だった。歳はアレットと同じくらいだ。


「冒険者だと?」

「ディオンです」


 まだギルドで冒険者登録などはしていないのだろうが、この開拓地でそのような役割があるのだろう。


「力があるのよ。明日から学校が休みの日は、一緒に森に入って欲しいの」


 学校と言っても生徒はここの子供が数人だ。週に何日かサン・サヴァンの街から教師が派遣され、他の日は村の大人が勉強を教えている。


「ふむ……」

「よろしくお願いします」


 そう言って頭を下げる男の子の目は、もう冒険者のそれだった。


「もちろんだとも」


 子供とは言え自分の居場所は自分で見つけねば、生きていけないのがこの世界の決まりだった。



 夜もふけてベルナールは来客用の部屋で簡素なベッドに横になる。


 遠くからミニ・フェンリルの遠吠えが聞こえた。狼の魔物で長く生きた種は大型のフェンリル、A級種となる。


 あれはかなりの遠方、外敵を近づけないための威嚇だ。この地の脅威ではないな、などと思いながら眠りに落ちた。


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