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第三十九話「マダムシャングリラ」

 シンディに案内されて、ベルナールは受付から三階へ直通の階段を上がった。


 一階は客と女性たちの社交の場となっている。二階は宿泊できる小部屋だ。二階へ行きましょう、が女性たちの客への問いかけだった。


 三階に上がってすぐは、豪華な調度品が並んでいるマダムの応接区画となっている。


「あの、こちらへ……」

「うん、俺はここでも良いんだがな」

「お客様を直接――奥にご案内するなんて初めてです」


 重厚な二枚扉の先はこの娼館の責任者、マダムの生活空間とまだ新人が暮らしている、女たちの園だ。


 通常は扉が開かれ、マダムシャングリラが客の前に現われるのだが今夜は逆となる。


 客がこの扉をくぐり先へと進むなど通常はあり得ない。ここに男が、おっさんが入り込むのだ。新人の少女が驚くのは当然だった。



 二人で廊下を歩き、シンディは突き当たりの扉をノックした。中から返事が聞え中へと入り、ベルナールは廊下でしばし待つ。


「どうぞ……」


 出てきたシンディにうながされて、ベルナールは部屋へと入る。そこは昔と同じ空間だった。


 いくつものランプが輝き赤色の内装を妖しく照らしている。先代マダムシャングリラ当時のままだ。


 ベルナールよりは一回り以上若い女性がソファーに寝そべるように座っている。


 彼女が今のマダムシャングリラで名前はレスティナだ。


「会いたかったわ……」


 そう言って立ち上がり、ベルナール抱きつく。


「事情はギーザーのマスターから聞いたよ」


 開拓地のシャングリラ周辺に、軍に追われた魔物が出没するのでその掃討との話だった。


「さあ、座って」


 ベルナールはレスティナと隣り合って座る。


 この街の郊外にある開拓地シャングリラは、この店の領地でもある。そこに最近魔物が入り込んで来るのだ。問題は別にあった。


「軍らしき部隊が魔物を追い込んで来るのよ。そしてそこで引き返すの」


 レスティナは、まずは依頼の内容を話し始めた。軍の部分が問題をややっこしくしている。


「他人の領地には入り込むなと、命令されているんだろう」

「軍は何を考えているのかしら?」

「分からんよ。ロストの探索と言っているが……。それと森の魔物の討伐が任務なのだろう」


 それにしても、確かに命令はされているのだろうが、だからといってあまりにも杓子定規すぎる。いかにも軍、お役所の仕事ぶりだった。


 領主である貴族などに気を使っているとの理由もある。それに軍の連中は森での戦いに、単に慣れていないのだろう。


「ギルドには話したのか?」

「検討するって。急ぐなら他を当たってくれと言われたわ」


 エルワン、いやギルドの仕事らしい。軍が相手なら腰が引けるのはある意味当然だ。今頃は正式ルートで抗議が上がっているのかもしれない。


「分かった」


 他を当たれとは、ベルナールが首を突っ込んでも良いお墨付きだった。エルワンはそこまで読んでいるのかもしれない。シャングリラの依頼ならば断れないのも知っていた。


「紹介状を持って行って」


 レスティナは机に行き、紙にペンを走らせる。


「報酬は、ここで遊んでもらっていってもいいのよ」

「いや、俺は失業者みたいなものさ。金が欲しいんだ」

「あっちででは部屋も用意するし、食事も三食でるから……、のんびりすればいいわ」

「まあなあ」


 他の懐かしい顔ぶれがベルナールの目に浮かんだ。


「今夜は泊まっていく? 昔の部屋もそのままよ」

「俺がいた部屋? そのままって、冗談だろう……」

「先代マダムシャングリラの遺言よ」


 レスティナは一筆したためた紹介状を差し出し、ベルナールは無言でそれを、懐へとしまう。


「……」

「ねえ?」

「いや、帰るよ。ギーザーに戻らなくちゃ」


 そして、そう言って立ち上がった。


「そう、冷たいのね……」

「そうじゃないって」

「あなたがおじいちゃんになって、住む所がなくなったら、また戻ってもらうって先代は言ってたわ」

「そうか……」


 部屋と言っても倉庫のような部屋だった。ここと同じ三階にある。


 ベルナールは客として来ていたが、最初は用心棒代わりなどとおだてられ、泊まるようになったのが切っ掛けだった。


 もちろん当時は、セシリアにひんしゅくを買っていた。


   ◆


 ベルナールはギーザーに戻って依頼を受けたと説明する。


「軍の連中が何をやっているかなんて、あっちこっちの酒場で噂になっているよ」


 既に目撃情報も多いのだろう。そんなことをマスターは言った。


「ん~どんな話?」

「色々さ、この街を制圧するつもりだとか、どこぞの国の軍が国境沿いまで浸透して来ていて、それに対処する為だとかだ」

「どれもこれもありそうな話だな」


 ベルナールは荒唐無稽な話ばかりだと思い苦笑した。酒場の噂話としてはこんなものだろう。


「まあな……」


 マスターも呆れたように笑った。


 いざとなればその軍の連中と連携すればいいだろう。どんな連中がいるのかとベルナールは興味を持った。


 補給物資の護衛をした時は、輜重隊の姿しか目に付かなかったが、今はもうそれなりの討伐実行部隊が駐屯しているのだ。


 この街の近くでいったい何をやっているのか? 未確認開口部(ロスト・マウス)の探査などは表向きの話ではないか? そんな考えがベルナールの頭をよぎった。


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