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第三十八話「思い出の場所」

 弟子がいる時は四人でダンジョンに潜り、ベルナールとセシールだけの時は気ままに森をさまよった。


 再びの再会を期待していたようだが、そうそうS級などとは出会えない。セシールも程なくしてあきらめたようだ。


 急いで店に返ると言う、セシールと分かれたある日の帰り道――。


「私たち、いつも一緒なので、セシール姉さんには申し訳ないです……」


 ――アレットがぽつりとそんなことを言う。


「セシール姉さんなんて呼んでいるのか?」

「はい~、アレット姉さんとセシール姉さんです~」


 まんざらでもない呼び方だ。末っ子のセシールに二人も妹ができたのだ。


「ロシェルと二人だけの時にそう呼んでいます」

「今度直接言ってやるんだな。喜ぶぞ」

「いえ、そうではなくて……」


 アレットがちょっと困ったように言う。この娘はBクラスのセシールが、自分たちに付き合って低位の魔物を狙っているのを、申し訳なく思っているのだ。


 当然だ。セシールならば普通程度のパーティーに入れば、今の数倍は稼げるのだから。


「気にするな。好きでやっているのさ」


 仮にもセシリアの娘だ。あの素直さに他意ははない。


 冒険者が戦いだけなのは間違いだ。それでは魔獣と同じになってしまう。


「戦わずとも冒険者として学ぶことは一杯ある」

「でも……」

「セシールはこの時を、お前たちと一緒にいる時間を楽しんでいるよ。間違いないさ」


 ベルナールはアレットの頭に手を添えた。


「俺たちも楽しもうか」

「はいっ」

「はい~」


 そう、いつかこの四人はバラバラになり、別の道を歩み始める。ベルナールたちの昔のようにだ。だからこそ今を楽しまねばならない。



 ベルナールはいつもの店の看板を、なんだか久しぶりに見上げた。ギーザーと書かれている。


 名前の由来は昔、聞いた気がしたが今はもう忘れてしまった。


 まあ、いいさ、と店の扉を開ける。


「来たか。先ずは一杯飲んでくれ」


 これはマスターの口癖だ。話がある前に喉を潤す儀式の一つだった。


「何だい?」

「仕事の話だよ」


 ありがたい話だった。弟子が色々と気を使っているのに、ヘルプのベルナールが毎日呑気にやっているだけだと、反省したばかりだったからだ。


「シャングリラからの話さ。お前さん向きだろ?」


 ベルナールは少しドキリとした。そしてその名も久しぶりに思い出した。


「まあ、なあ……」


 懐かしい場所だった。おかしな話ではあるが、あそこはベルナールの青春と言えなくもない。


「内容は?」

「大丈夫だよ。用心棒をやってくれ、だなんて話じゃないから」


 マスターは大まかな事情を話しつつ、ベルナールはビールをすすった。そして最後の一口を飲み干して立ち上がる。


「急いだ方がいいな。ちょっと行ってくるよ」

「悪いな」

「いや、俺の話でもあるからな。後でもう一度顔を出すよ」


   ◆


 ここに来るのは一昔ぶりだ。


 中央ギルド前のメインストリートをしばらく歩き、路地に入った先。石畳の上で、ベルナールは目立たない小さな看板を見上げていた。


「懐かしい――な……」


 重厚な扉を開けると小さな鈴が鳴る。受付は昔と同じだった。


 カウンターの前には、まるで軍服を女性フアッションにアレンジしたかのような制服を着こなした、二人女性が並んで座っている。


 ベルナールの姿を見てそろって立ち上がり、そろってお辞儀をする。本当に昔と同じままの懐かしい客を迎え入れる儀式だった。


 この地の名はシャングリラ。かつてベルナールが通い、あげくに暮らし始めた娼館だった。



 すでに引退した年かさの女性と、まだ客の付いていない新人の女の子がカウンターに並んでベルナールを見ている。


「まあ、驚いたわ。本当に……」

「久しぶりだな、ティルシア。元気かい?」

「あなたこそ……」


 懐かしい来訪者に年配の女性は本気の笑顔を見せた。今はもう引退しているが、乞われて受付を手伝っているのだろう。


 昔、客だった若者と結婚する為に店を止めた。二人で商売を始めて成功もさせ、子供にも恵まれて幸せに暮らしている。


「新人のシンディよ。こちらは勇者のベル……、ベルナールさん」

「まあ、勇者さん!」


 新人の少女は両手を口に当てて驚いている。歳の頃はセシールと同じくらいだ。どの街でも勇者の呼び名は驚きを持たれる。


「昔の話だよ。マダムシャングリラはいるかい?」

「もちろんよ。仕事?」

「ギーザーの紹介だ」


 話を聞いているのかティルシアは仕事と言う。久しぶりに遊びに来たとは思われなくて、ベルナールはホッとした。


「分かったわ。案内して差しあげて」

「はい、お姉様。こちらです。おじさま」


 ここでも姉さんだった。おじさまと呼ぶのはこの店のルールなのだから仕方ない。そんな年齢なのだから当然だ。


 ティルシアは笑っている。


「たまには遊びに顔を出してよ。おじさま(・・・・)

「もうそんな歳じゃないよ。呼び名は当たりだが……」

「あっちの勇者は引退なの?」

「あっちも、どっちもこっちも、冒険者も引退したさ」

「聞いてるわ」


 商売の世界でも、勇者が冒険者をクビになったなどと、噂されているのだろう。


「あっ、シンディ。直接、奥に通してさしあげて」

「えっ? はっ、はい。お姉様……」


 新人はまたしても驚きの表情を隠さない。


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