第三十六話「それぞれの祝杯」
その日の夕刻、街の酒場はどこもかしこも活気に満ちていた。
「ったく、おっさんはいつもイイとこでしか働かねえっ! あの技を使う時間稼ぎが俺たちの仕事なんだから、やってられないぜ」
「また勇者に助けてもらったわね」
「まあな、それにしても俺らの、弓と魔法の攻撃も上手くいった。しかし相手がA級だったからなあ……」
そこかしこの席では、反省とも自慢話ともつかない会話が交わされている。
「ヒヤヒヤものだったよ。最後にコケたらどうしようかって――」
隣のテーブルでデフロットたちの話を、苦笑しながら聞いていたバスティにしても、自分の戦いは照れ笑いなくしては語れない。
「――あれで外れたら、恥ずかしくて表に出れないところだった」
事実、アレクの助けがなければそうなっていただろう。
「制御が二人の力でできるのは分かっていたけど、実戦で試せたのはなによりだったわ」
「うん、あれだけの力に振り回されないように必死だったよ」
バスティとアレクも、他のパーティーからあれほどの支援を受けるのは初めての経験だった。
「ウチの二枚前衛に、更に二人で一体の攻撃をする、切り札の一枚が加わりましたね。この四人でA級の魔物を倒せるかどうかですが……」
「イヴェットも剣を持っているのに支援ばかりで申し訳ない」
「いえ、剣と言っても魔力を使うための魔導具ですから。魔導闘士の私は、やはり剣士や剣闘士のようには戦えません」
「魔法使いの私もA級が相手では効果的な攻撃はできませんでしたわ。あの場合は支援に集中したのが正解でしょう」
「リュリュにも感謝している」
魔力を魔法として行使する場合は探査や支援など、どうしても裏方としての働きばかりが重要視されてしまう。
二人は攻撃力も十分なので、バスティとしてはその点が申し訳ないと思っていた。
「あら、バスティは一番感謝するべき相手を忘れていますわ」
そうだと思い出しバスティはアレクを見た。
「リーダーには感謝しているよ」
空になったアレクのジョッキを持って、店主のエルネストが待つカウンターに向かう。
「御苦労だったな。やはりこの街はこうでなくちゃ。階層攻略をしてこその冒険者だよ」
「はい、こんなに街が活気に湧くなんて……。許可をだしてくれたギルドにも感謝ですよ」
「ああ、風向きが変わった感じだ。定期的に下に進んでもらえればこんな店でもありがたい」
バスティはビールが注がれたジョッキを二つ受け取る。
◆
ジェリックはフィデールのパーティーと共に、北ギルドに戻って報酬を受け取った。
「ちっ、結局B級の相手しかできなかったか……」
「仕方ないですね。今回A級は巨大ホールに一体いただけですから……」
「ギルドはそのA級討伐に、私たちパーティーを無視した。許せないね」
「魔獣の特性との相性もありますからね。ジャバウォックは剣で仕留める相手ですから……」
「そうか、我らの出番ではなかったか。それでは確かに仕方ないな」
ヒュドラ程度に苦戦しておいての言いぐさに、ジェリックは表情を変えずに淡々と説明する。
この街で語られる蒼穹の伝説が、この若い貴族をいらだたせているのだ。自分もそこまで登り詰められると思っているのだ。
勇者と呼ばれるほどになれば、たとえ弓使いであっても相手などは選ばない。どんな強敵も弓矢の一撃で粉砕する。
若造のお守りから解放されたジェリックは、中央ギルドに近い根城へと帰還する。長年に渡ってリーダーと共に築いた文字通りの城だった。
一階の直営酒場でたむろしている冒険者たちに声を掛ける。そして留守にしていた二日の間の戦果を聞き取った。
「そうか、上手くいったか……。御苦労だったな」
若い冒険者たちの顔は明るく、ジェリックを尊敬の眼差しで見る。目論見通りの場所にいた獲物を、集団で順調に狩ったのだ。
ジェリックが立案した作戦を、まるで魔法のようだと誉めそやす。
「いや、お前たちの実力だよ」
そして新階層で見聞きした出来事を詳しく話した。皆、目を輝かせて食い入るように聞く。
「今回の突入には参加できなかったが、明日から新階層で獲物を狩りまくるからな。気合いを入れていくぞ!」
皆元気よく返事を返す。既にダンジョンの街には宿も確保した。希望者は朝から晩まで戦える。しばらくは獲物に困ることもないだろう。
「おっと、ボスにも早く報告しなければならん。おまえら、あまり飲み過ぎるなよ」
そう言い残し、ジェリックは三階へと上がる。
「御苦労だったな……」
「いえ……」
ギスランは上機嫌で金を勘定していた。二日としては破格の上物を効率的に狩った結果だった。
「中はどうだった?」
ジェリックは自分が見た限りの状況を細かく説明する。
「そうか、ベルたちの戦いは見れなかったのか……」
「フィデールたちのお守りで行きましたからね。相手はA級のジャバウォックです」
「これからの稼ぎも期待できそうだな」
「明日から若い連中と潜りますよ」
「しばらくそこに集中させろ。根こそぎ狩りまくれ」
「はい……」
そうは言ったが、そんなことをしてはまたギルドに睨まれるだけだ。
ジェリックは頭の中で明日からの計画を反芻した。若い連中にまんべんなく、新階層での戦いを経験させねばならない。
◆
午後、まだ早い時間に攻略クエストは終了とされ、冒険者たちは地上へと戻った。
街に帰る者、明日も継続してダンジョンに潜る為、宿に泊まる者など様々だ。
報酬は基本の支払いに、後からギルドが算定した成果が上乗せされる。
ベルナールたちは北ギルドに戻り基本の支払いを受けた。成果分はあと少し時間が掛かる。
「こんなにもらえるのですか?」
「すご~い」
アレットとロシェルは報酬を受け取り、目を丸くする。
「まあな、ご祝儀みたいなもんだ。ただ成果報酬はあまり期待できんがな」
今頃エルワンたちがギルドの一室で、集めた魔核を計算しながら追加の報酬をどうするか頭を悩ましているはずだ。
A級を倒した冒険者たちに、破格の報酬を提供するのではなく、地味な仕事をこなした者にも、それなりの金額を均等に支払う計算になるのだ。
ベルナールは二人と別れてセシリアの店へと向かった。
「御苦労様でした」
セシリアはねぎらいの言葉と共にビールを差し出す。
「たいした階層じゃなかったよ」
第四階層などはホールというホールでA級が立ちはだかり、ベルナールたちは何日もダンジョンに潜り続けたのだ。
「じゃあ、明日から通常営業?」
「ああ、それなりの獲物は出るだろうがな」
セシールがホールに料理を運び終わって、カウンターの中に入って来る。
「母さんたらひどいの。魔法と矢を合せる技を教えてくれないのよ!」
「だから私はやったことがないのよ。知らないから教えられないの!」
「もう……」
そう言って頬を膨らました。こだわってはいないのか、ベルナールに向き直って話題を変える。
「明日からアレットとロシェルは学校と家の手伝いか――。二人で新階層に通いましょうよ」
「開口したばかりの階層に通うなんて雑魚のすることよ。お止めなさいな」
手を左右に振りながらセシリアは娘にアドバイスをする。
「え? そうなの?」
「ああ、あの巨大ホールにA級が現われるのはまだ先さ。他が相手に出来ないって言われてから上級者が出向くんだ」
「弱い人たちの稼ぎ時なのよ。私たちは遠慮してたわ」
セシリアはずいぶんな物言いをするが、これが現実だった。
「ふーん……。じゃあ、明日は何をするの?」
「普通は休みだろう。俺はロートルなんだし……」
ベルナールは真意が分かりつつも、トボケたように素っ気なく言う。
「ああ~ん、もう! 私は戦いたいのよ!」
戦いの余韻を引きずっている夜などこんなものだ。ベルナールたちも昔はそうだった。最後が観戦で終わったので、セシールは消化不良ぎみなのだろう。
「分かった、分かった。適当に森を流してみるか……」
弟子の二人は学校と農作業の手伝いだ。セシールと二人で散歩がてらあっちこっちを見て回るのも良いかもしれない。
「クエストの掲示板も覗いてみよう」
のんびりとやりたいベルナールであったが、その毎日はいつのまにやら忙しくなってしまった。
第一章はここまでとなります。
引き続き第二章を投稿いたしますので、よろしくお願いいたします。




