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第百一話「闖入の御拝謁」

 ブランシャール家当主の執務室。その重厚な机の前に難しい顔をして座っているのが、御館様と呼ばれるブランシャール・スチュアートその人であった。


 正面に立つフィデールはいらついていた。どれほど説明を尽くしても、目の前の当主が理解を示さないからだ。父親とは頑なものだ。


 領地の為、領民の為といくら説明を尽くしても、その顔は不機嫌なままだった。



 一方、ブランシャール卿は偏狭な息子にほとほと参っていた。


 国よりも街、街よりも領地。そして領民を愛する姿勢は正しいが、だからと言って国の危機は領民の危機なのだ。その矛盾を息子はまだ頭の中で整理出来ていなかった。


 それはまだいい。問題はそんな若さゆえの過ちを実力行使していることだ。それを理解させる為にもう一度問いただす。


「いいかっ! いますぐに領民の冒険者たちを新ダンジョン攻略に向かわせろ。これは当主としての命令だ」

「ならば父が率いて下さい。しかし賛同する者など、あの中にはおりませんよ」


 フィデールはそう言って大きな窓を指差す。その先にいるのは配下の冒険者、下僕たちだ。フィデールは相手が理解していると思いニヤリと笑う。幼少から父への反抗は数あれど、初めて優位に立ったと相手の出方を想像してほくそ笑む。


 しかしブランシャール卿は少々しらける。外に集まっている面々はフィデールにとっては圧力をかける要員なのだろうが、卿は彼らの父や母、祖母、祖父たちをよく知っている。彼らは今、家で身が縮む思いに違いない。


 息子は状況が見えていないこの平行線を、優位と思いずっと続けているのだ。


「まったく……」

「さあ、父上!」


 そう言って愚息はバルコニーに出ろと指図する。当主が一声かければ配下は大いに盛り上がる。そして父のお墨付きを得たと、フィデールは宣伝する。ブランシャール卿は姑息な策略をお見通しであった。



 突然、その窓が光り輝き、ガラスが割れる音と共に吹き飛んだ。


「なっ、なんだ?」


 驚いたフィデールが振り返り、ブランシャール卿が立ち上がる。そこには王宮騎士団(ロイヤルナイツ)の正装に身を包んだ少女と、冒険者の男が立っていた。


 ブランシャール卿はその男の顔に見覚えがあった。


「バスティアンじゃないか! そうか、この街に来ていたのか……」


 盟友オッフェンバック・ダヴィッドの息子で面識がある。一年間、冒険者家業に打ち込むと家を飛び出した変わり種だ。


「御無沙汰しております」

「貴様!! いったいどういうつもりだ!」


 突然の闖入(ちんにゅう)者にフィデールはにじり寄った。


「よさんかっ!」


 バスティにつかみかかろうとするフィデールを制したブランシャール卿は、もう一人の少女をまじまじと見た。


 オッフェンバック家の男子が付き従う、王宮騎士(ロイヤルナイト)の少女こそがこの闖入(ちんにゅう)劇の首謀者である。


「しかし、この御仁はいったい……」


 ブランシャール卿はバスティに説明を求めるように呟く。しかし先に口を開いたのは少女であった。


「久しいのお……、スチュアート」


 それはブランシャール卿の名前で、その名を口にする者は少数だ。スチュアートはそれが誰かと記憶を探る。


「ドーヴェルニュ・アルマリーヌ……様?」


 確かにその人である。いつも拝謁する時の長い巻髪は、付け毛であるとの噂は証明された。


 王国の為、騎士働きをと象徴でもある長い髪を切り、たおやかな微笑を浮かべているが、その瞳は笑っていなかった。


 その姿と、王宮での姿を重ね合わせる。違いはあれど、どちらも凜々しくあると思った。


 アルマリーヌは無言で頷く。


「は、ははっ!」


 ブランシャール卿はその前に進み入り跪いた。


「父上! この女は確かに王宮騎士(ロイヤルナイト)です。しかし何もそこまで! こいつらは我らが屋敷に土足で入り込んだ不定の輩どもで――」

「控えろ、フィデール! 王女様の御前であるぞ!!」


 バスティは声を張り上げ、下僕としての仕事に励む。ただこれだけの出番の為に引っ張り出されて来たのだ。


「おっ、王女??」

「第三令嬢のドーヴェルニュ・アルマリーヌ様であらせられる。頭が高いわっ!」


 その名はこの国、ドーヴェルニュ王国の国王、その三女の名前であった。


 しかしフィデールは呆けたように一歩二歩と後ずさるだけである。未だ現実が飲み込めない。


「王女様におきましては御機嫌麗しゅう――」

「王都から近衛の者たちが来ておる……。ギスランとやらの小物は既に拘束されておるぞ?」

「なんと、あのギスランが?」

「ゴーストと結託していたのだ。老いたる元冒険者も今やただの裏切者である。いやはや、ベルナールとかいう元勇者が、今も命がけで国の為に戦っておるというのに嘆かわしい。ブランシャール家は、ゴーストの助言で日和見を決め込んでおるのかな?」

「ゴーストですと!? とんでもございません」

「聞いていないのか、はて? 息子はなぜここにおるのかのう……?」

「フィデール!!」


 烈火のごとき表情でブランシャール卿は息子に詰め寄る。


「しっ、知らない。ゴーストは確かに来ました。しかしそれは――」

「このっ、()れ者がっ!」


 言葉を待たずに父親の鉄拳が愚か者の息子に飛ぶ。その一撃をくらいフィデールは壁まで吹き飛んで床に崩れ落ちた。


 フィデールは瞬時に障壁を張り攻撃を防ごうとしたが、ブランシャール卿は衰えた魔力を一点に凝縮し一瞬だけ爆発させたのだ。見事な制御である。



「どうかこの制裁をもって我が愚息をお許し頂きたく――」


 例え些細な内容であってもゴーストと内通したなど、この国の貴族としては重罪なのだ。


「ふむ、このただ(・・)の親子喧嘩には、王都のいかなる者も口を挟まない。このアルマ……ドーヴェルニュ・アルマリーヌが約束しよう」

「ははっ、温情に感謝いたします」


 アルマは王女らしく鷹揚に頷いた。本来はこちらの姿が本物なのである。


「ふふ、王都に反旗を翻すなど、甘やかされて育ったバスティと違って、なかなか骨のある愚息ではないか! のう?」

「いえ……」


 ブランシャール卿は言葉を濁す。どう反応して良いか難しい問い掛けだ。


「なんだよ、それ……。反旗を翻すなんて大袈裟な。アルマなんて毎日王様に逆らってばかりだし……」

「うっ、うるさい! 不敬罪で地下牢にぶち込むぞ!」

「はいはい……」

「王国に、いやこの街に力を貸してはくれんか?」

「はっ、グレアムはいるか?」


 名前を呼ばれると、執事が扉を開けて静かに入室する。


「我らが兵力は、いかほどそろえられるか?」

「騎兵二十騎に輜重隊が数十。それとお坊ちゃまが集めました冒険者が五十でございます」

「うむ、我らの全てはギルドのクエストに参加する。出来るか?」

「全て家族を通して言い含めております。御館様の御命令あらば、全員が一丸となり邁進するでありましょう」

「うむ、私も出るぞ。どうか我らを、アルマリーヌ様の一翼にお加え下さりませ」

「騎士団とて今回はギルドの配下である。共に肩を並べようぞ!」

「ははっ」


 バスティは床に崩れ落ち、微動だにしないフィデールを見た。とんだピエロである。


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